ナポレオン役にジャック・ニコルソン? キューブリックの未完の大傑作

幻に終わった傑作映画たち

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幻に終わった傑作映画たち 連載第4回

スタンリー・キューブリックの『ナポレオン』後編 

前編「キューブリック監督は『ナポレオン』の映画製作を軍事作戦のように扱った」

 多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす「幻に終わった傑作映画たち」の第4回は、スタンリー・キューブリックの『ナポレオン』。当時としては破格の超大作として企画された本作が、実際に作られていたとしたら? 映画史は確実に変わっていただろう。しかし、”プロダクション自体を軍事作戦として扱った”キューブリックの肝入りの歴史大作は、ついぞ日の目をみることはなかった。その理由とは?

ワーテルローの土壌を再現する徹底ぶり…キューブリックの完璧主義

スタンリー・キューブリック
泥の色と構成物にまでこだわる完璧主義のキューブリック Sunset Boulevard / Corbis via Getty Images

 【前編「キューブリック監督は『ナポレオン』の映画製作を軍事作戦のように扱った」はこちら】>>

 キューブリックには、1963年のジョセフ・L・マンキウィッツの作品『クレオパトラ』のように製作費をいたずらに暴騰させる趣味はなかった。予算が3百万から6百万ドルに膨れ上がった時でさえ、彼は巧みにやりくりした。足もとをすくわれかねない金食い虫の海戦の代わりに、ナポレオンとイギリス艦隊の戦いは地図を使って描き、海の底に沈んだフランス軍艦の船室を、書類、本、ローストチキンに混じって溺れ死んだ提督が漂う不気味なショットで幕を閉じる。映画が描きだす巨大な歴史のキャンバスに、地図と大まかなボイスオーバーが文脈を与える。キューブリックは、紙のような素材で軍服を仕立てられるニューヨークの会社を見つけさえした。フィルムテストをして、数フィートのそばからでも実際の布と区別がつかないことを実証している。

 さらなる妥協が求められた。地方自治体が後世のために保存した実際の戦場が、使用に耐えないことが判明する。めげずにキューブリックはユーゴスラビアとルーマニアで代用地を探した——ナポレオンが足を踏み入れてもおかしくない地帯だ。それらの国はまた、軍隊を良心的な賃料で提供してくれることも約束した(ルーマニア人1人につき日当5ドル)。しかし、キューブリックの完璧主義は、ワーテルローから土壌サンプルを採取して、新天地でも泥の色と粘土を再現することには妥協しなかったという。

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エゴと才気、もろさ…ナポレオン役にジャック・ニコルソンの起用も検討

スタンリー・キューブリック
『シャイニング』撮影中のジャック・ニコルソン(左)とキューブリック監督(右) Sunset Boulevard / Corbis via Getty Images

 映画の構想期間が長びいたせいで、主役候補は入れ替わり立ち替わりした。1968年11月のメモで、キューブリックは戦争映画巨編の予算に負担をかけがちな「高コストの4大カテゴリー」を慎重にリストアップした。「大量のエキストラ。大量の軍服。大量の高価なセット。値の張るスター」

 キューブリックは、最初の3つを抑えるために最善を尽くし、4つめに足を引っぱられまいと決心した。スターよりも「偉大な役者と若手」を使うつもりだった。初期のメモは、主役候補にピーター・オトゥールアレック・ギネスピーター・ユスチノフジャン=ポール・ベルモンドが頭にあったことを示唆している。1968年、オスカー・ウェルナー(1962年のトリュフォー監督作『突然炎のごとく』と1964年の『華氏451』が有名)に役をオファーしたが、映画が停滞すると、キューブリックはデヴィッド・ヘミングスとイアン・ホルムを好むようになる。1970年代初め、ディベロップメント(開発)に入ったとき、監督はジャック・ニコルソンの起用を検討した——無制限のエゴと才気、人間のもろさ、権力の乱用、情熱と恐怖を、彼以上に体現できる役者がいるだろうか?(『シャイニング』のジャック・トランスに、ナポレオンの面影がちらつく)

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“極限のエロチカ”は『アイズ ワイド シャット』に生かされた?

スタンリー・キューブリック
極限のエロチカに挑んだ『アイズ ワイド シャット』 Sunset Boulevard / Corbis via Getty Images

 精神分析を絡めるのにやぶさかでないキューブリックは、権力、特権、はたまた判断ミスについて突きつめたいと考えた——ナポレオンの没落をもたらしたのは何か? 慎重な男がなぜロシア侵攻で“下手を打った”のか? そしてナポレオンの物語は、悲劇的なラブストーリーでもあった。

「ナポレオンのジョセフィーヌへの妄執ぶりは……史上まれなほど熱烈なロマンスだった」監督は感慨をこめて言う。ジョセフィーヌはナポレオンの弱みと強みの両面であり、それ自体が戦場だったふたりの関係は、ナポレオンのフランスとの精神的な婚姻関係と対をなして、不実まみれだ。国々を恍惚として制圧していくカットが、“極限のエロチカ”たる鏡張りの部屋での激しい性交場面に切り替わる。とはいえ、実際にはアリソン・キャッスルによってリストアップされた有望女優たち——オードリー・ヘプバーンヴァネッサ・レッドグレーヴジュリー・アンドリュース——には、上品なアールグレイ・ティーのポットほども扇情的なシーンはなし、と請けあっていた。

 すべてのキューブリック作品と同じく、『ナポレオン』は数か月をかけ、綿密に管理したプリプロダクションのおかげで進化していった。「新しいアイデアがある」1971年、そう主張し、監督はさらに多くの文献を読み、さらに多くのリサーチを行った。衣装のテスト撮影——キューブリックが娘のカタリーナ、アンヤとともに縮尺を測るために撮った写真を含む——以外、いまだに1フレームたりとも撮っていなかった

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ナポレオンのごとく、キューブリックも政治によってはしごをはずされた

ワーテルロー
セルゲイ・ボンダルチュク監督の『ワーテルロー』は大コケしてしまった Paramount Pictures/Photofest / Getty Images

 アイロニーは、残酷なものと化す。ナポレオン同様、キューブリックも政治によってはしごをはずされたのだ。監督がゆっくりと代表作を形作る間、衰退したMGMが実業家のカーク・カーコリアンに買収された。『ナポレオン』のうなぎ登りのコストに尻込みし、カーコリアンは製作費を引きあげてしまう。キューブリックの陣営についていた者さえ、高い興行成績を望めるとは声高に言えなかった。キューブリックがペチコートの裾と野砲の配置についてこだわっている間に、ナポレオン映画のライバル3本が、セルゲイ・ボンダルチュクの『ワーテルロー』をとどめとして、いずれも大コケした。『ナポレオン』のような大作はもちろんのこと、どんな作品にもめったに青信号を出さないスタジオから、キューブリックは愛情も資金も勝ち取れなかった。最後の望みをかけてプロジェクトをユナイテッド・アーティストに持ちかけたが、返事は同じだった。いわく、「高くつき過ぎる、危険過ぎる、時代遅れすぎる」

スタンリー・キューブリック
口直しにと撮りはじめた『時計じかけのオレンジ』 Warner Bros./Fotos International / Getty Images

 落胆したキューブリックは、ワーナー・ブラザースに乗り換えると、3本の映画製作の契約を結び、口直しとばかりに『時計じかけのオレンジ』を撮り始めた。だが、玉砕した『ナポレオン』の残骸をつぶさに見ていくほどに、誰もが打ちのめされるはずだ。これほどのスケール、これほどの真摯さ、これほどのウィットとロマンスをもって、戦争と歴史が映画においてとり組まれたことはない。そうであるならば、この顛末はキューブリックが描くナポレオンの愚行を垣間覗いて終わるのが、ふさわしい締めくくり方だろう。ナポレオンは悲劇的な計算違いを犯し、ロシアに侵攻したために難攻不落の冬将軍に見舞われる。

 1,000マイルに渡る凍てついた荒野を退却するうち、高度に訓練された軍隊は「餓え、熱狂的な暴徒」と化す。村に入ると、兵士も将校も馬ともども小さな民家に入って立てこもる。外にとり残された兵士たちが、中に押し入ろうとする。火の手が上がり、兵士と馬は業火に焼かれ、外の者達が暖を取ろうと炎の前に殺到し、剣に突き刺した馬肉を焼く。

 どれほど製作費がかかったとしても、『ナポレオン』は世紀の傑作となったはずだ。

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ワーナーに『ナポレオン』の脚本を正式に提出することはなかった

スタンリー・キューブリック
多くの時代考証は後の『バリー・リンドン』に生かされた Sunset Boulevard / Corbis via Getty Images

 キューブリックを諸手をあげて受け入れたワーナー・ブラザースは、『時計じかけのオレンジ』を手はじめに、監督が選んだ映画には何でも資金を投入した。そして、かつての徹底的なリサーチはまったくの無駄には終わらなかった。1975年にウィリアム・メイクピース・サッカレー原作の『バリー・リンドン』を映画化した際に、時代考証資料の多くが生かされ、撮影ではツァイスのレンズが印象的な使われ方をした。『バリー・リンドン』は、監督の念願プロジェクトの代用みたいなものだった。

 1999年の『アイズ ワイド シャット』では、『ナポレオン』の脚本にあったシーンが装いを変えて映像化されている。冬の寒い晩、ナポレオンが売春婦と出会うくだりの乱交シークエンスでは、複数のカップルのいちゃつく姿が赤裸々に映し出される。また1977年、テレビドラマ「ルーツ」がヒットすると、キューブリックは批評家のミシェル・シマンに、『ナポレオン』をアル・パチーノ主演の20時間のテレビ・シリーズにする計画だと言い放った。のちにそれは気まぐれだったとわかる——監督はすでに前を向いていたのだ。実際、ワーナーに『ナポレオン』の脚本が正式に提出されたことはなかった。

Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝

「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より

次回は11月8日更新:スティーブン・スピルバーグ『ナイト・スカイズ』前編です。

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