心を和らげてくれる懐かしいふるさとに癒される『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』

映画ファンにすすめるアニメ映画

 たとえ生粋の都会っ子でも懐かしさを覚える、日本ならではの里山の風景。そこに暮らす女の子たちの日常を描いた『のんのんびより』シリーズは、コアなアニメファンを中心に絶大な人気を獲得し、2018年に公開した映画『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』も、スマッシュヒットを記録した。動画配信サービスなどで自宅でも楽しめるうえ、ユーモアたっぷりでヒューマンな作品内容は、長引くステイホームでささくれ立つ心を和らげてくれる。(香椎葉平)

のんのんびより ばけーしょん
小学1年生の宮内れんげ。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

【主な登場人物】

越谷夏海(CV:佐倉綾音
生徒数たったの5人という旭丘分校に通う、明るくイタズラ好きな中学1年生。小学1年生の宮内れんげ、小学5年生の一条蛍、中学2年生で姉の越谷小鞠たちと共に、毎日を田舎で元気に過ごしている。

新里あおい(CV:下地紫野
夏海たちが沖縄旅行の旅先で泊まった民宿「にいざと」で、お手伝いに励む看板娘。夏海と同じ中学1年生で、ふとしたきっかけから意気投合する。

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日常系アニメのフォーマットで「あの頃」を描く

 ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく

 歌集「一握の砂」に収められた石川啄木のこの歌は、国語の教科書などで目にしたこともあるだろう。詠まれている「停車場」というのは、現在のJR上野駅を指している。ふるさとから遠く離れて暮らす日々のさなか、懐かしさで胸がいっぱいになった時、現代に生きるわたしたちは、どんなことをするものだろう? 石川啄木のように、上京してくる同郷の人の方言を聞きたくて、地方からの新幹線が到着する上野駅に足を運んだりするだろうか。あるいは、東京駅や羽田空港に?

越谷夏海ら
旭丘分校に通う明るい仲間!『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

 ふるさとにうんざりしたまま上京し、どうにか暮らしている筆者のような人間は、石川啄木の歌のようにはふるまえない。孤独でつらくなることもあるが、そんな時に、郷愁が少しでも慰めになってくれるかどうかすらわからない。どうしてふるさとにうんざりしたのか? その理由は、人間も風景も、いつまで経っても変わり映えしないことだったように思う。若かった当時は常に、変わりたい、変わらなければという、焦燥感に近い思いに駆られていたからかもしれない。

 そんなふうに過ごしてきた自分でも、幼いころから通った商店街が撤去されて道路になり、遊び場が駐車場になり、当時の親友の家がなくなってしまった風景を目にすると、寂しさなのか虚しさなのか、言葉にできない気持ちになる。そして、思うものなのだ。心の中にはまだ色鮮やかに息づいている“あの頃”は、いったいどこへ消えてしまったのだろう、と。

舞台は沖縄
今回の舞台は沖縄。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

 『のんのんびより』シリーズが、いわゆる日常系アニメのフォーマットを借りて描こうとしたのは、本当はいつまでも変わらずにいてほしかった、そんな“あの頃”ではないだろうか。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』のエンディングテーマ曲「おもいで」で歌われている「なんでだろう 少し寂しいね」というのは、きっと、ふるさとから遠く離れた大人にこそ深く理解できる気持ちだ。

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懐かしく愛おしく思える子供らしい登場人物

 緑の山々に、農家の飼っている牛がゆっくりと横切る田んぼのあぜ道。そのあぜ道の側には野菜の無人販売所があって、鎮守の杜の神社は、夏の夜になると肝試しにぴったりの場所。ひんやりと冷たいせせらぎに足首まで浸かって岩陰をのぞけば、隠れているサワガニを素手で捕まえることができる……。里山のある日本の風景は、たとえ一度も行ったことがなくたって、なぜだか懐かしく思えてしまう。

蛍と小鞠と夏海
沖縄を満喫する蛍と小鞠と夏海。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

 そんな中にある旭丘分校は、小学校と中学校が併設されているのに、全校生徒はたったの5人。もともとは4人だったところに、東京から、転校生がやって来る。転校生の一条蛍(CV:村川梨衣)は、さすがに最初は不安そう。けれど、分校の生徒たちは、都会出のよそ者だからといって特に身構えることもなく、ごくごく自然に受け入れてくれる。

 ちっちゃくて子供っぽいのにお姉さんぶりたがる「こまちゃん」こと、中学二年生の越谷小鞠(CV:阿澄佳奈)。その妹で、明るくてイタズラ好きな「なっつん」こと、中学一年生の越谷夏海(CV:佐倉綾音)。独特の感性を持つ「れんちょん」こと、小学一年生の宮内れんげ(CV:小岩井ことり)。越谷姉妹の兄で、何もしゃべらないのに謎の存在感を持つ越谷卓。

 みんなの気取らない優しさと美しい田舎の風景に、さすがに不安そうにしていた蛍も、たちまち打ち解けていく。そうして新しい仲間を加えた一同は、めぐる季節をのんびり楽しく過ごしていく。

夏海
シュノーケリング体験をする夏海。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

 漫画やアニメの面白さは、まず何よりもキャラクターに魅力があるかどうか。その意味で、『のんのんびより』シリーズの子供たちは、いかにも漫画的でありアニメ的な魅力たっぷりのキャラクターだ。けれど、その描かれ方は、ごく普通の子供らしい子供としてのもの。宿題をさぼってはお母さんに叱られたり、寝る時には部屋の電灯を豆電球だけの「夕方」(劇中での表現)にしたり、車でデパートに連れていってもらえると聞いて大喜びしたり。

 もしかすると、とりわけ『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』で旭丘分校の子供たちに向けられるまなざしは、日本の童謡「赤とんぼ」が流れる台湾映画、候孝賢ホウ・シャオシェン)監督の『冬冬(トントン)の夏休み』(1984)のそれに、近いものがあるのかもしれない。

 ごく当たり前の子供たちの、他愛もない日々の暮らし。それがどうして、こんなに懐かしく愛おしく思えるのか。

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何もないからこそかけがえのない時間を見せる演出

 ひとつの理由として、旭丘分校の子供たちが、いわゆるデジタルネイティブとして描かれていないことがあるかもしれない。デジタルネイティブの定義は諸説あって定まっていないが、個人的には、「SNSなどネット上でしか会ったことのない友達を、心からの友達だと言いきれる世代」と捉えるのが、しっくりくると考えている。

宮内れんげと加賀山楓
沖縄を楽しむ宮内れんげ(右)と旭丘分校の卒業生加賀山楓。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

 東京の高校に通っている「ひか姉」こと宮内ひかげ(CV:福圓美里)以外、旭丘分校の子供たちは、スマートフォンを持たされていないらしい。そもそも、あまりにも田舎すぎて、電波がろくに届いていない様子。だから、当然と言えば当然なのだが、子供たちにとっての友達は、今この瞬間を隣で一緒に過ごしてくれる相手のこと。過ごす時間は、今どきの子供のようにスマホやネットに支配されているのではなく、のんびりと空を仰ぎ、里山の緑を眺め、風を感じ、雨の音に耳を澄ますために費やされる。夜になると歌い出す虫たちの声を聞きながら眠り、ささやかだけどワクワクするような楽しみを分け合いながら、旭丘分校の子供たちはのびのびと成長していく。

 デジタル技術の爛熟していく、これからの時代に生まれてくる世代はわからない。けれど、少なくともわれわれは、自分の子供時代もこんなふうであってくれたら良かったのにと思う。現実世界での友達同士でつながっている、それだけで心から楽しかった時代へのノスタルジー。今はもう戻ることはできないとわかっているからこその、少しの切なさ。そんな気持ちこそが、『のんのんびより』シリーズの懐かしさと愛おしさの正体なのだ。

沖縄の情景
沖縄の美しい情景も見どころ。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

 川面真也監督は、普通のアニメではありえないほどの長い尺で美しい景色を映し、人物同士のやり取りにも意識的に間を取りながら映像を組み立てていく。ユーモアのためだけに、そうしているのではないだろう。ネット上のように新しい情報が絶え間なく入ってくるわけではないけれど、だからこそゆっくりと堪能することのできるかけがえのない時間を、映像で表現しているのではないだろうか。

 『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』で、子供たちは沖縄旅行に出かけ、旅先の民宿で、夏海と同い年の少女・新里あおいに出会う。家業の民宿を手伝う利発なあおいも、素顔は年齢相応の普通の女の子。厳しいお母さんの目を盗んで、民宿の裏手の壁を相手にバドミントンの練習に励んでいたりする。やがて彼女は、夏海たちと意気投合し、自分のふるさとでもある観光地を案内することに……。

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世界一優しい「おかえり」が待っている

 まずは、「のんのんびより」「のんのんびより りぴーと」の2つのテレビシリーズからさらに磨きをかけた、素晴らしい背景美術を堪能してほしい。ウィリアム・ワイラー監督の『ローマの休日』(1953)などクラシック映画の娯楽作には、世界各地の名所で撮影することで、海外旅行が夢のまた夢だった当時の観客に、その気分を味わってもらうという役割もあったという。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』を観れば、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた現在は難しい沖縄旅行に、実際に行った気持ちになれるかもしれない。

 そして、何気ないけれど大事な場面。劇中で夏海たちは、自分たちのふるさとをあおいに紹介する。旭丘分校の子供たちにとっては見慣れた景色も、沖縄に住むあおいにとっては新鮮で、なんて素敵な場所なんだろうと彼女は目を輝かせる。そこに何かがあるからではなく、そこを好きだと言ってくれる誰かがいるから、ふるさとは大切な場所になるのだ。

新里あおい
民宿「にいざと」の看板娘・新里あおい。『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』より - (C) 2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場

 子供の頃に育った風景が変わってしまったとしても、夏海にとってあおいがそうだったように、その場所を好きだと言ってくれる誰かがいてくれる限り、心の中にあるふるさとの景色までは変わらない。大人になってもずっと、“あの頃”は輝き続け、孤独でヒビ割れた心を癒してくれる。

 夏海が沖縄で過ごしたのはほんの数日だったけれど、帰りたくないほど大好きになった。その気持ちを知ったあおいの方も、自分のふるさとをますます愛するようになっただろう。クライマックスでの夏海のセリフは、筆者にはよく理解できる。彼女が言うように、「こういうのは中学生とか関係ない」のだ。

 「のんのんびより りぴーと」のエンディングテーマ曲「おかえり」の歌詞に、こんなフレーズがある。

 「ここは世界一優しい おかえりが待ってる場所」

 『のんのんびより』シリーズは、ふるさとから遠く離れた大人のためのおとぎ話のようだ。

【メインスタッフ】

原作:あっと(月刊コミックアライブ 連載「のんのんびより」/KADOKAWA刊)
監督:川面真也
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン:大塚舞
色彩設計:重冨英里
美術監督:赤坂杏奈
美術:草薙
3D監督:濱村敏郎(ワイヤード)
撮影監督:佐藤敦(スタジオシャムロック)
編集:坪根健太郎(REAL-T)
音響監督:亀山俊樹(grooove)
音楽:水谷広美(Team-MAX)
音楽制作:ランティス
アニメーション制作:SILVER LINK.
製作:旭丘分校管理組合劇場

【声の出演】
小岩井ことり
村川梨衣
佐倉綾音
阿澄佳奈
名塚佳織
佐藤利奈
福圓美里
新谷良子
下地紫野

「劇場版 のんのんびより ばけーしょん」DVD&Blu-ray発売中 発売・販売元:株式会社KADOKAWA

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