「ガス人間」当初は違ったラストシーン ヨン・サンホ&片山慎三監督が明かす最終話までの裏側&トリビア

東宝とNetflixが初タッグを組み、東宝の特撮映画『ガス人間第一号』(1960)をリブートしたNetflixシリーズ「ガス人間」。7月2日の配信開始から、国内のNetflix週間TOP10(シリーズ)で4週連続ランクインを果たし、世界28の国と地域でも上位に入る盛り上がりを見せている。
エグゼクティブ・プロデューサー&脚本を務めるのは、映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』などで知られるヨン・サンホ。監督は『岬の兄妹』『さがす』などの片山慎三だ。日韓のトップクリエイターによって新たに誕生した「ガス人間」の企画から撮影、そして衝撃展開を迎えた最終話までの裏側を二人が語った。(取材・文:編集部・倉本拓弥)
※ご注意:本記事はネタバレを含みます。「ガス人間」をまだ観ていない方はご注意ください。
「ガス人間」脚本に影響を与えた日本の小説
──2018年に東宝から企画提案があったとのことですが、伝説の特撮作品をリブートする上で最も重要視した点や、原作映画『ガス人間第一号』で魅力を感じた部分をお順にお聞かせください。
片山慎三監督(以下、片山監督):今作のお話をいただいてから、初めて『ガス人間第一号』を鑑賞しました。ガス人間の描写や特撮技術も含めて非常に面白かったですし、何より2人の恋愛模様が見事に描かれていて、タイトル以上に濃密な人間ドラマだと感じました。そのドラマの深さは、今回のリブート版にも引き継ぎたいと考えました。
ヨン・サンホ(以下、ヨン):東宝さんからは他のIP(知的財産)に関する提案もいただいていたのですが、提示された数多くの企画の中で最も興味を惹かれたのが『ガス人間第一号』でした。「ガス人間」という言葉そのものの響きに惹かれてYouTubeで検索したところ、原作の予告編が見つかり、設定自体もとても魅力的でした。そこで東宝さんにDVDをリクエストし、本編を拝見しました。
ガス人間がインタビューを受ける場面や濃厚な恋愛ドラマなど興味深いポイントが多く、「ぜひこの作品を手がけてみたい」と思いました。また、片山監督と議論を重ねる中で軸となったのは、本作が「劇場型犯罪」であり「恋愛ドラマでもある」という点です。原作の要素を引き継ぎつつ、感動的なヒューマンストーリーとしてしっかりと現代版に昇華させました。
──(ヨンさんへ)3年間にわたる脚本作業では日本の作品からインスピレーションを受けたそうですが、具体的にどのような作品に影響されたのでしょうか? また、余韻を残すラストシーンは初稿の段階から決まっていたのですか?
ヨン:ラストシーンに関しては、実際の映像と初稿のニュアンスで少し違いがあります。完成版は「ガスが集まってくる表現」ですが、初稿では「すでに石像が存在している」というイメージでした。ただ、エンディングの方向性自体はシノプシス(あらすじ)の段階から決めて書き進めていました。
全8話のシリーズとして構成するにあたり、物語の重心をどう置くか考えた際、最も大きな影響を受けたのは奥田英朗さんの小説「オリンピックの身代金」です。私が常々関心を持ってきた「組織と個人の関係」というテーマが見事に描かれた作品で、そのテーマ性をどう「ガス人間」に移植できるかを考えながら執筆しました。
──(片山監督へ)映画をドラマシリーズ化するという挑戦的なプロジェクトでしたが、監督が本作で掲げた目標や挑戦は何でしたか?
片山監督:CGでクリーチャーを制作し、実在しないものを“そこにいる”ように表現するのは自分にとって初めての経験で、大きな挑戦でした。ガスが人間に乗り移る、爆発する、車を追う、石像化する際にどう変化するのかといったアイデアを練る作業は非常に楽しかったです。
また撮影面の挑戦としては、東京駅前を封鎖して行ったカーアクションが挙げられます。各所の許可取りには2年もの歳月がかかり、大変な作業でした。
──主要登場人物として、警察の岡本賢治(小栗旬)や報道記者の甲野京子(蒼井優)に加え、原作には登場しない動画配信者の富川兄妹(広瀬すず&林遣都)が登場します。彼らを登場させた狙いと、第4話を彼らのメイン回にした理由を教えてください。
ヨン:原作はミステリー要素が強い作品ですが、リブートにあたって新しいアプローチを取り入れたかったんです。例えば劇場アニメ『機動警察パトレイバー2 the Movie』には、カラオケの背景映像からテロ事件の重要なヒントを発見するシーンがあります。ミステリーを紐解く手法として非常に新鮮だったため、「ガス人間」でもそうした要素を取り入れたいと考えました。
共同脚本のリュ・ヨンジェさんから「地下アイドルのミュージックビデオ(MV)はどうか」とアイデアが出され、検討を重ねる中で生まれたのが「ドリームサキュバス」のMVです。まさかあのMVをフルサイズで撮影するとは思っていませんでしたが(笑)。
片山監督:それは僕が言い出したんです(笑)。本編で使われるのはごく一部ですが、第4話のエンドクレジットでフルバージョンを流したいと思い、本編撮影と並行してMVも撮影しました。
ガス人間“活動停止状態”の誕生秘話
━━ガス人間のキャスティングは「得体の知れない不気味さや恐怖感を纏える人物」を重視されたとのことですが、UTAさん起用の決め手は何だったのでしょうか?
片山監督:UTAさんの存在は以前から知っていました。知り合いのプロデューサー経由で経歴を教えてもらい、「いつかご一緒したい」と頭の片隅に置いていたんです。キャスティングの過程で他の候補者の方もいらっしゃいましたが、スケジュールの都合などで一度白紙になり、その際にUTAさんのことを思い出しました。「まだ誰も見たことがない俳優」というイメージが、ガス人間の佇まいに完璧に合致すると思い、自分から提案させていただきました。
ヨン:UTAさんは高身長で非常に端正な顔立ちをしています。彼の風貌がガス人間に変換されたとき、凄まじいカリスマ性を持つキャラクターになるのではないかと期待しました。実際、妻にUTAさんの写真を見せたところ、「良い予感がする。きっと上手くいくよ」と言ってくれて。直感に優れている妻の言葉だったので、「間違いない」と確信しました。
━━ガス人間が石像化する設定もリブート版ならではのポイントです。“活動停止状態”という設定はどのように生まれたのでしょうか?
ヨン:まず、ガス人間が「誰かにコントロールされている」という設定がストーリーに大きな意外性をもたらすと考えました。しかし、誰かに操られてガス化した後、元に戻った際に「裸でその辺を出歩くのか?」というとリアリティーがありません。ガス化が解けたとき、一体どんな状態になっているかを追及しました。
その際、共同脚本のリュさんと「ガス人間が作動するロジック(仕組み)を決めた方が面白いのではないか」という話になり、議論を経て「歌を聴いて覚覚・活動停止する」という形に着地しました。
━━ガス人間を起動させるトリガーとして、サザンオールスターズの「いとしのエリー」が採用されています。これはヨンさん&リュさん発案とのことですが、なぜこの楽曲だったのでしょうか?
ヨン:私の中にあった当初のイメージは、韓国の伝説的フォークシンガーであるキム・グァンソクさんの楽曲でした。ただ、彼は韓国のアーティストなので、リュさんと「日本の楽曲なら何がふさわしいか」と相談していたところ、「いとしのエリー」のアイデアが出たんです。実際に聴き返した際、作品のテーマに驚くほどピッタリだと感じました。
片山監督:結果的に「いとしのエリー」でなければ成立しなかったと思います。あれほど多面的な表情を持つ楽曲は他にありません。イントロのブツブツとしたノイズや「はぁ……」というコーラスなど、どこか不穏でホラー的な演出にも馴染む要素を備えています。
それでいて、作中で何度も流れるうちに曲の持つ意味が変化していく。2人の思い出の曲であり、恐怖の起動装置でもある。聴く場面によって聴こえ方がガラリと変わる稀有な楽曲です。歌詞の持つ奥行きも含め、今回「いとしのエリー」を使用できたことは本当に幸運でした。
謎の造語「パーフィニー」とは何だったのか
━━東京駅前を封鎖して撮影されたカーアクションは、日本の映像作品として初の試みとのことです。ヤクザの大友が乗る車が横転する演出は、映画『ダークナイト』を参考にされたのでしょうか?
片山監督:はい、参考にしました。『ダークナイト』以降、さまざまな映画でそうした横転シーンが見られるようになりましたよね。実は今回、車が横転する素材自体は別の場所で撮影し、背景に東京駅を合成しています。一部追いつかない部分はCGで補強しました。
ヨン:私はあのシーンに関して、ヤクザが発する「ハワイアンパンケーキ」というセリフが非常に印象に残っています。もともと台本にはなかったセリフなのですが、とても面白く、車の横転とマッチングカット(※動きを繋げる編集手法)のように見事に噛み合っていました。
片山監督:「パンケーキみたいにひっくり返る」という意味ですね(笑)。
ヨン:単なるハリウッド的なダイナミックなアクションとして見せるだけでなく、ユーモアが効いたシーンに仕上がっている点が素晴らしかったです。
━━撮影現場でのアイデアやアドリブが反映されたシーンも多かったそうですが、特に印象的だった設定はありますか?
片山監督:施設長の小畑(酒向芳)が第2話で少年に「嘘をついたままでいいの?」と問いかける場面です。翌朝、顔を洗っている小畑のもとに少年が来て「やっぱり本当のことは言えません」と告げるシーンがあるのですが、当初の脚本では「僕、頑張って本当のことを言ってきます」という真逆のセリフでした。
現場で撮影しながら「本当にこれでいいのかな」と違和感を覚え、「やっぱり言えません」というセリフに変更したんです。それに対して小畑が「今はそれでいい」と包み込む。その諦念を含んだニュアンスが、今作の世界観に合っていると感じました。
━━アドリブといえば、藤代会の構成員が使う謎の造語「パーフィニー」も大きなインパクトを残しました。
片山監督:実は僕自身もよく分かっていなくて……(笑)。「パーフィニー」という言葉は台本にはありませんでした。若頭の大友リキ役の松浦祐也さんと撮影現場で「拷問に独自の呼び名をつけたい」と相談したのがきっかけです。
松浦さんは最初、実在する野球選手の名前を挙げていたのですが、本番に入った瞬間、突然「パーフィニー」と発言したんです(笑)。彼のアドリブから偶然誕生した言葉でした。
ヨン:第3話でそのセリフが出てきたとき、翻訳版を見るまで何を意味しているのかさっぱり分かりませんでした(笑)。本来はそこまで目立つ役柄ではなかった若頭ですが、あのアドリブによってキャラクターの強烈な個性が引き出されたと思います。
「京子の石像」が登場予定だったラストシーン
━━最終話の結末についてもお伺いします。ラストシーンは、ガス化した京子が賢治の部屋に帰ってきたとも解釈できますが、この余韻のあるラストはどのように作られたのでしょうか?
ヨン:脚本の段階では、「賢治が帰宅すると、部屋にはすでに活動停止した京子の石像がある」という結末でした。賢治がその石像を静かに見つめるエンドにする予定だったのですが、現場の演出で「ガスが集まってくる瞬間」を描く形に変更されました。
実は最初、私はその変更に反対していたんです。ガスが集まる描写だけでは、視聴者に「これが京子だ」と伝わらないのではないかと心配だったからです。しかし、白組のVFXチームが細部までこだわり抜いて制作してくださったおかげで、素晴らしいシーンになりました。
片山監督:最初は脚本通り石像で進める予定だったのですが、打ち合わせを重ねる中で「ガスの状態でいかに京子だと分からせるか」という表現に挑戦したくなりました。体のラインを女性らしく見せたり、京子が最後にガス人間を抱きしめた時のポーズを模したりと、表現方法を模索しました。
ヨン:「ガス人間は思い出がある場所に集まる」というルールが存在します。京子が最も愛していたのは賢治であり、彼女にとっての思い出の場所である賢治の部屋にガスが集まり、石像化していく。切なくも美しいラストになったと思います。
━━最後に、これから「ガス人間」を2周目以降鑑賞する視聴者に向けて、注目してほしいポイントやトリビアがあれば教えてください。
片山監督:2回目を観る方は、「京子は最初から嘘をついている」という前提を知った上で、彼女の表情の変化に注目してみてください。「なるほど、こういう表情で嘘をついていたのか」という発見があり、初見時の「報道記者」という印象とは違った面白さを味わえるはずです。
ヨン:第2話で、都知事選候補の桐島(夏川結衣)がJNTに抗議しに来るシーンがあります。京子が局内を見渡し、モニターに映るガス人間の報道を眺める場面があるのですが、彼女の正体を知った上で見返すと、「すべて彼女の計画通りに物事が進んでいる」という恐怖と驚きを感じていただけると思います。蒼井優さんが京子という役を完璧に噛み砕いて演じ切っていることに後から気づかされ、私自身も深く感銘を受けました。
Netflixシリーズ「ガス人間」世界独占配信中(全8話)



