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今週のクローズアップ ありがとう、さようなら…2012年に死去した映画人たち

 2012年も、そろそろ終わりですね。この1年を振り返ってみると、まさかの『スター・ウォーズ』新作発表をはじめ、さまざまなニュースが映画界を駆け巡りました。
 そうした一方で、長年映画界を支えてきた方が亡くなるという知らせも……。
 今回は2012年に死去した映画人をピックアップし、彼らの功績を振り返ります。

<邦画篇>世界に勝負できた日本の映画人

 邦画界に限っても、淡島千景さん、小林すすむさん、地井武男さん、山田五十鈴さん、津島恵子さん、大滝秀治さん、山田吾一さん、牧野エミさん、森光子さん…などなど、多くの方がこの世を去りました。

 ここでは「世界に通用した日本の映画人」を特集します。

■日本最高齢現役監督、逝く

 5月29日午前9時24分、新藤兼人監督が老衰のため自宅で死去しました。享年100歳。遺作は、自身「これが最後の映画」と宣言していた2011年公開の映画『一枚のハガキ』。同作はアカデミー賞外国語映画賞の日本代表作品にも選出されています。

 新藤監督は1951年に映画監督としてデビューして以降、原爆をテーマにした『原爆の子』をはじめ、『第五福竜丸』『裸の島』といった社会派作品を発表。脚本家としても高い評価を得ており、監督デビュー以前から溝口健二監督や木下恵介監督、川島雄三監督といった名匠の作品に参加。その作品は国内のみならず海外からも高い評価を得ており、アカデミー賞俳優のベニチオ・デル・トロは好きが高じるあまり、ニューヨークで新藤監督の回顧展を開催するにまで至っています。

 また、新藤監督を語る上では、1994年に死去した妻・乙羽信子さんの存在も欠かせません。『愛妻物語』『鬼婆』など新藤監督の作品に多く出演し、遺作となった1995年の『午後の遺言状』も新藤監督の作品。老女優の悲哀を描いた同作は同年の日本アカデミー賞の作品賞・監督賞・助演女優賞・脚本賞で最優秀を獲得し、新藤監督の代表作となっています。

 新藤監督は今年3月、優秀監督賞を受賞した日本アカデミー賞授賞式に車椅子で出席すると、言葉もおぼつかない様子ながら壇上で受賞の喜びをコメント。そんな映画界の大先輩の姿には、会場に詰めかけた多くの映画人が大きな拍手を送りました。中でも、新藤監督と最優秀監督賞を争っていた『ステキな金縛り』三谷幸喜監督が壇上で「(最優秀は)今回、新藤兼人監督が取るべきだと思います」と堂々と言い放ち、その敬意をはばかることなくあらわにしていたのは印象的でした。

 その訃報に際しては、山田洋次監督、若松孝二監督、『一枚のハガキ』に出演した大竹しのぶらがコメントを発表。通夜には約1,000人が、告別式には約400人が参加。津川雅彦奥田瑛二豊川悦司大杉漣らが別れを告げました。

 
新藤兼人監督

(C)2011「一枚のハガキ」近代映画協会/渡辺商事/プランダス
遺作となった映画『一枚のハガキ』より

■日本人アカデミー賞受賞者の死

 1月21日、すい臓がんのため、衣装デザイナーの石岡瑛子さんが死去しました。享年73歳。遺作は3月に全米公開、9月に日本公開された『白雪姫と鏡の女王』でした。

 石岡さんは、『ゴッドファーザー』などで知られるフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『ドラキュラ』でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞。映画関係では、ニューヨーク映画批評家協会賞、カンヌ国際映画祭芸術貢献賞などを受賞しており、ほかにマイルス・デイヴィスのアルバム・ジャケットを手掛けた際にはグラミー賞も受賞しています。

 遺作となった映画『白雪姫と鏡の女王』は、『ザ・セル』『落下の王国』『インモータルズ -神々の戦い-』に続く、インド出身のターセム・シン監督とのタッグ作。みんながよく知るおとぎ話「白雪姫」の世界観を基に、恋とアクションがユーモアたっぷりに描かれる娯楽作品です。石岡さんの豪華絢爛(けんらん)な衣装は、カラフル&ポップな世界観と見事にマッチ。ヒロインを務めたリリー・コリンズがいつも以上に魅力的に映っていたのには、その衣装の力も関わっていたこでしょう。

 『白雪姫と鏡の女王』は悲しみのかけらなど一片も入る隙間のない「これぞハリウッド!」という娯楽色にあふれた作品なのですが、それだけに、見終わった後、ふともう二度と石岡さんの手掛けた衣装の新作を見ることができないのだという事実が重くのしかかってきます。公開前後には、石岡さんが手掛けた数々の衣装が来日展示され、多くのファンが一目見ようと足を運びました。

 

石岡瑛子さん
John Lamparski / WireImage / Getty Images

遺作となった映画『白雪姫と鏡の女王』より
(C) 2011 Relativity Media, LLC. All Rights Reserved.
ターセム・シン監督との初タッグ作『ザ・セル』より
Kobal/NEW LINE/The Kobal Collection/WireImage.com

■インディー映画の雄、不慮の事故死

 10月17日、同12日に交通事故に遭っていた若松孝二監督が死去しました。享年76歳。遺作は第69回ベネチア国際映画祭に出品され、来年3月に公開される『千年の愉楽』になりました。

 1963年に映画『甘い罠』で監督デビューした後、1965年には自身が代表を務める若松プロダクションを設立。大手制作会社に属さず、『水のないプール』『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』をはじめとする社会的・政治的テーマを扱った作品をハイペースで世に送り出した若松孝二監督は、まさに日本インディペンデント映画の雄と呼ぶにふさわしい人でした。

 近年は海外映画祭で高い評価を次々と得ており、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』は第58回ベルリン国際映画祭において最優秀アジア映画賞と国際芸術映画評論連盟賞を、『キャタピラー』では主演の寺島しのぶ第60回ベルリン国際映画祭主演女優賞を受賞しました。とりわけ戦地から四肢を失った姿で生還した夫を支える妻の姿を描いた『キャタピラー』は大きな話題になったことは記憶に新しいところです。

 『キャタピラー』がベルリン、『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』がカンヌ国際映画祭、そして遺作『千年の愉楽』がベネチア国際映画祭に正式招待された若松監督。76歳という年齢にもかかわらず、今年だけで『海燕ホテル・ブルー』『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』の2本が公開されるなど、その精力的な活動はとどまるところを知りませんでした。だからこそ、そのあまりにも突然の死には、近作のミューズだった寺島も「今いったい、いったいどこにいらっしゃるんですか?」とオフィシャルサイトで悲痛の叫びを漏らすほどでした。

 ですが、若松監督の精神は脈々と次の世代へと引き継がれています。『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』に出演した満島真之介「第4回TAMA映画賞」の最優秀新進男優賞を受賞したのに続き、来年には若松監督の弟子である白石和彌監督の映画『凶悪』が公開予定。また井上淳一監督をはじめ、若松プロダクション出身者が製作陣にそろっている『戦争と一人の女』も来年ゴールデンウイークに公開予定となっており、その死後も若松監督の精神が日本映画界から失われることはないように思えます。

 

若松孝二監督

映画『キャタピラー』でベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞した寺島しのぶ
Kiyoshi Ota / Getty Images
<洋画篇> ハリウッドを支えた映画人

 国内に限らず、今年は海外でも多くの映画人が死去しました。『エマニエル夫人』シルヴィア・クリステルさん、『グリーンマイル』マイケル・クラーク・ダンカンさん、主演映画『ボディガード』が大ヒットした歌手のホイットニー・ヒューストンさんといった俳優のほかにも、テオ・アンゲロプロス監督、映画『E.T.』の宇宙人デザインを手掛けたカルロ・ランバルディさん、「ムーン・リバー」などで知られる歌手のアンディ・ウィリアムスさん、「イッツ・ア・スモールワールド」の作曲者、ロバート・B・シャーマンさんなどなど……

 ここでは現在の映画界、とりわけハリウッドに大きな影響を与えた2人の映画監督を取り上げます。

■ アクション映画の職人監監督

 現地時間8月19日、トニー・スコット監督が米ロサンゼルスの橋から身を投げ、死去しました。享年68歳。遺作は2010年の映画『アンストッパブル』。くしくも、トム・クルーズ主演による大ヒット作『トップガン』続編製作がアナウンスされた矢先の出来事でした。

 『エイリアン』『グラディエーター』などで知られるリドリー・スコット監督の弟として知られるトニーさんは、一貫してスピード感あふれるアクション映画を撮ることにこだわり続けました。1986年の『トップガン』でブレイクを果たすと、その後は監督として『ビバリーヒルズ・コップ2』『トゥルー・ロマンス』『エネミー・オブ・アメリカ』といったヒット作を連発しましたが、そのスタイルは不変だったといってもいいでしょう。

 そういった意味で、トニーさんの映画の魅力はブレイクを果たした『トップガン』に全て詰まっているといってしまってもいいかもしれません。若者の葛藤や淡い恋愛模様といった基本的なストーリーを骨格に、ドッグファイトをはじめとする戦闘機の描写、そして背後に流れるカッコイイ楽曲(「デンジャー・ゾーン」など)といったスピードを意識した演出が施されるという構造。「若者の葛藤」を「仕事へのプライド」に、「淡い恋愛模様」を「家族の絆」に、そして「戦闘機」を「暴走列車」に置き換えれば、遺作の『アンストッパブル』のストーリー説明になるというのもスタイルが一貫しているからこそでしょう。

 大ヒット作を矢継ぎ早に手掛けながら、アカデミー賞をはじめとする映画賞にノミネートすらされたことがないという事実は、映画ファンであればあるほど意外に映るかもしれません。アカデミー賞に3度ノミネートされている兄リドリーとは対照的な職人肌、それがトニー・スコットという映画監督でした。記録には残らずとも、間違いなく大作が幅を利かせるようになった1980年代後半から2000年代にかけてのハリウッドを代表する映画監督の一人でした。

 

トニー・スコット監督
Julien M. Hekimian / Getty Images

映画『トップガン』より - 続編を見たかったというファンは多いはず…
写真:Album/アフロ
遺作となった映画『アンストッパブル』より
Twentieth Century Fox / Photofest / ゲッティ イメージズ

■ロマンチック・コメディーの名手&女性監督の先駆け

 現地時間6月26日、ノーラ・エフロン監督が病気のため、死去しました。享年71歳。遺作は2009年の映画『ジュリー&ジュリア』でした。

 ノーラさんの名声を決定付けたのは、間違いなく脚本を手掛けた1989年の映画『恋人たちの予感』でしょう。ビリー・クリスタルメグ・ライアン演じる男女二人の友情をリアリティーたっぷりに描き出した同作は世界中で大ヒットを記録し、ノーラさんは受賞こそ逃したものの、アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞にノミネートされました。そして、脚本に加えて監督も務めたトム・ハンクスとメグ・ライアン主演の映画『めぐり逢えたら』(1993年)、『ユー・ガット・メール』(1998年)が大ヒットを記録するなど、現代のロマンチック・コメディーの作り手を代表する映画監督の一人です。

 ノーラさんの作品の魅力は、何といっても魅力的なキャラクター、そして彼らが繰り広げるリアリティーあふれる、それでいて小じゃれたやり取りの数々でしょう。例えば『恋人たちの予感』の冒頭、ハリー(ビリー)とサリー(メグ)が車でニューヨークに向かう最中の会話。それぞれのキャラクターが観客によく伝わってくるのはもちろん、「本は結末から読む。読み終える前に死ぬと困るから」といった言葉の含蓄といったら! また、今ではあまりにも有名になってしまった、メグがレストランでオーガズムを演じるシーンもノーラさんの脚本の見事さを伝えるワンシーンです。

 現代のハリウッドにおけるロマンチック・コメディーの地位を確立したのと同時に、ノーラさんはハリウッドにおける数少ない女性監督の成功例でもあります。ハリウッドでいかに女性監督が評価されなかったかというのは、第82回アカデミー賞で『ハート・ロッカー』キャスリン・ビグロー監督が受賞するまで、誰一人として女性が監督賞を受賞することがなかったという事実からもうかがえますが、ノーラさんはその逆風の中で映画を作り続けていた一人だったのです。

 

ノーラ・エフロン監督
Henry S. Dziekan III / Getty Images

映画『恋人たちの予感』より
Columbia Pictures/Photofest/MediaVast Japan

 多くの人にとってはその作品を通してしか知ることができないはずの映画監督や俳優の死が、時に胸をえぐるような痛みを与えるのはなぜでしょう。それは逆説的ではありますが、観客をそうまで魅了することのできる映画の力があるからなのかもしれません。  映画作品を通してしか触れることができなかったからこそ、また作品を観れば、会うことができる。

 これから彼らの新作を観ることができないのは寂しい限りですが、これまで映画界を支えてくれた人々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

文・構成:シネマトゥデイ編集部 福田麗

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