見えない娘 THE INVISIBLES (2026):映画短評
目ではなく“こころ”で見る、その先に“ひかり”あれ
おそらく多くの観客は主人公が見えないことに、もどかしさを感じるだろう。これまでの透明人間映画とは異なり、見えないのは普通の家庭で生まれ育った愛すべき少女だから。
もどかしさについてさらに言えば、父や姉たちにも彼女が見えないから、状況面で時として厄介なことになる。特異な家庭であっても絆はあるが、それを分かち合う手段が限定されている。家族のもどかしさイコール、観客のもどかしさとなる構図に旨味を覚えた。
主人公の“ひかり”に加え、“心”“学”“風”“音”という一家の人々にあたえられた役名も象徴的で、単にファミリーコメディとして楽しめるだけでなく、考えさせる要素もあり。
この短評にはネタバレを含んでいます




















