角川春樹、最後の監督作「悔いのないように」妻との約束

角川春樹監督
角川春樹監督

 映画『みをつくし料理帖』(公開中)が、角川春樹にとって生涯最後の“監督作”となる。本作にも出演している石坂浩二主演による金田一耕助シリーズ第1作『犬神家の一族』(1976)を皮切りに、プロデュース作、監督作合わせて実に73作品を世に送り出してきた映画界の寵児も御年78歳。約10年ぶりにメガホンを執ることに躊躇(ちゅうちょ)していた角川の背中を押したのは、ほかでもない角川の一番の理解者である妻(歌手のASUKA)だった。「後悔のないように」という夫婦で交わした約束を胸に、角川が最後の大勝負に出る。

【動画】角川春樹、生涯最後の“監督作”を語る!

 本作は、角川がその才能に惚れ込んだ作家・高田郁の同名ベストセラー時代小説(ハルキ文庫)を初映画化した人情劇。幼いころに両親を亡くした主人公・澪(松本穂香)が、さまざまな苦難を乗り越えながら女料理人として成長していく姿を描く。澪と離ればなれになってしまう幼なじみ・野江を奈緒が演じるほか、窪塚洋介小関裕太藤井隆衛藤美彩の初参加組に加え、薬師丸ひろ子浅野温子若村麻由美、石坂浩二、中村獅童反町隆史野村宏伸榎木孝明鹿賀丈史永島敏行渡辺典子ら角川映画ゆかりの俳優が勢揃いする。

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「絶対に妥協しないこと」妻との約束に一念発起

 “角川映画”というブランドを確立し、これまで数々の大ヒット作を生み出してきた角川。「読んでから見るか、見てから読むか」という有名なキャッチフレーズとともに、映画と書籍を同時に売り出す“メディアミックス”で一時代を築いたことでも知られているが、実は角川自身も宣伝マンとなってたくさんの名フレーズを生み出している。「僕は俳句をやっていたんですが、惹句(じゃっく)と共通するものがあったので、結構得意でしたね。例えば、『蘇える金狼』(1979)の時は、『刺すような毒気がなけりゃ、男稼業もおしまいさ』というフレーズを松田優作くんに言わせたり、『白昼の死角』(1979)の時は石原慎太郎さんの戯曲から『狼は生きろ、豚は死ね』を引用したり、宣伝活動も自ら率先してやりましたよ」

 当時を懐かしそうに振り返る角川は、まさにエンタテインメント業界を席巻した時代の寵児だった。ちなみに角川映画73本のうち、自らメガホンを執った作品は本作を入れて8本。第一回監督作品『汚れた英雄』(1982)は、『みをつくし料理帖』と同じく、監督を自ら望んだわけでなく、運命的に自分に転がり込んできたものだった。「脚本が完成し、草刈正雄くんの主演も決まり、あとは監督だけだったんですが、打診した方全員に断られてしまったんです。というのも、二輪レースの映画が世界的に見てもほとんどない時代で。みなさん、撮る自信がなかったんですね。となると、普段から二輪レースを観ていた僕しかいない……。そういった流れで初めてメガホンを執ることになったんですが、とにかく監督としては素人ですから、『走っている姿をどうセクシーに撮るか』ということだけに専心して必死に撮影したのを覚えています」

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 時は流れて、2020年。自身が最後の監督作として位置付けする本作も、当初、製作・配給会社がなかなか決まらず、企画が暗礁に乗り上げていた。「テレビドラマ化はされたんですが、どうしても大スクリーンでこの小説の世界観を描いてみたい……その思いが断ち切れず、業を煮やしていたら、妻から『あなたが監督すれば?』と後押しされたんです。それならば、ということで、約10年ぶりにメガホンを執ることになったんですが、その時に妻とある約束をしたんです。それは、演出においても、現場の対応においても、『後悔のないように、絶対に妥協しないでほしい』ということ。人情劇を演出するのは初めてだったので、どんな評価を受けるか予想もできませんでしたが、妻との約束のおかげで不思議と不安はなかったですね」

薬師丸ひろ子から松本穂香までキャスティングは直感

(C) 2020 映画「みをつくし料理帖」製作委員会

 今回、角川監督最後の作品ということで、薬師丸ひろ子をはじめ角川映画を支えた俳優陣が勢揃いした。まるで同窓会のような雰囲気だが、映画の中に次々と現れる懐かしい顔ぶれに、涙するファンも多いことだろう。角川も俳優たちの話になると、笑顔が自然とこぼれ落ちる。「薬師丸くんは1日だけの撮影だったんですが、クランクアップの時に泣いたんですよ。僕は我慢しましたが、花束を渡しながら、彼女と初めて出会った13歳のころを思い出しましたね」としみじみ。思えば角川は、薬師丸を筆頭に、新人女優を発掘し、育てることに定評があった。「角川映画が語られる時、薬師丸ひろ子、原田知世、そして渡辺典子の三人娘が必ず挙がりますが、宮沢りえ(『ぼくらの七日間戦争』/1988)や安達祐実(『REX 恐竜物語』)/1993)など、ほかにもたくさんいるんですよ」

 そのほとんどが、角川自らが選ぶオーディション出身。「僕が求めている世界をどれだけの読解力を持って演じられるか。そういうところを見たいわけですが、新人の子たちだと全くわからないので、もう自分の直感に頼るしかない。宮沢くんなんかは、いまでこそ大女優ですが、当時はむしろ下手な方でしたからね。でも、何かを感じたんですよね。だから、うまいからいいというわけではないんです。特に主演というのは、画の中に立っているだけで成立するかどうか、ということも大事になりますから。今回主演を務めた松本くん、奈緒くんは新人ではなかったので、いろいろ作品や出演番組を観させていただきましたが、最後はやはり直感。でも、見事に期待に応えてくれました」

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 角川映画をステップに大きく成長を遂げた俳優たちが、新たなスターを囲んで躍動する。「今回は、昔の映画仲間が作品を支えてくれましたね。特に主舞台となる料理屋・つる家のメンバーである石坂さん、浅野くん、若村くんは、松本穂香という一人の女優を育てる意味においても大きな力を発揮してくれました」。監督は最後の勝負となるが、プロデューサーとしては、「まだまだ映画には関わっていきますよ」と語る角川。本作で火が着いたのか、その目は全盛期を思わせる野心に満ちあふれていた。(高田郁の「高」は「はしごだか」が正式表記)(取材・文:坂田正樹)

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