『秒速5センチメートル』森七菜×青木柚、「コスモナウト」再訪で新発見 映画化は「原作への恩返し」

新海誠ワールドの原点ともいわれる連作短編アニメーション『秒速5センチメートル』(2007)が実写映画化された。主人公・遠野貴樹(とおの・たかき)の幼少期、高校生、社会人と3つの時代を描く18年の物語で、特に、種子島を舞台に貴樹の高校生時代を描く第2話「コスモナウト」は、独立性の高いパートとして多くのファンから支持されている。貴樹に思いを寄せる澄田花苗(すみだ・かなえ)を演じたのが、新海監督が手がけた映画『天気の子』で声優を務めた森七菜、貴樹にふんしたのがジョニー・デップと共演した映画『MINAMATA-ミナマタ-』でもその演技力が高く評価された青木柚だ。本作で初共演を果たした二人がインタビューに応じ、お互いの印象と信頼、作品への熱い思いを語った。(取材・文:早川あゆみ、写真:杉映貴子)
【撮り下ろし写真】森七菜&青木柚、切磋琢磨し合う同世代コンビ!
原作は、主人公・遠野貴樹の18年間にわたる人生の旅を、幼少期・高校生・社会人時代の3つの短編アニメで描いた全63分のアニメーション作品。実写版は、『アット・ザ・ベンチ』などを手がけた映画監督・写真家の奥山由之が監督を務め、『すずめの戸締り』新海監督とタッグを組んだ松村北斗(SixTONES)が社会人時代の貴樹を演じている。
花苗は『秒速』の世界と自分を結びつける象徴(青木)
Q:大変人気の高い原作ですが、実写化という企画のどこに魅力を感じられましたか?
森七菜(以下、森):アニメのほうは長いこと無条件に好きでしたから、いまさらどう言葉にしたらいいかわからないです。きっとファンのみなさんもそうだと思います。恋のわずらいとか将来に対する不安といった物語中のマイナスなものが、観た人にとって薬になるようなイメージです。登場人物たちが必ず報われるようなわかりやすい部分ではないところが、すごく好きです。
青木柚(以下、青木):僕は「コスモナウト」の貴樹と同じくらいの年齢でアニメを観たので、鈍く焼き付くような強烈な印象がありました。数年経ってから観たらまた違う受け取り方になり、そういう奥行きも、四季の美しさも、すごく心が動くなと思いました。
Q:その作品をご自身が演じることに、プレッシャーもあったのでは?
森:作品のオーラに怯えていたら、原作にも新海さんにも失礼な気がして。奥山さんをはじめとした「みんなでこの時代に作る」ということに意味を見出し、自分の中で楽しみな方向にシフトチェンジしました。
青木:見習いたいです。僕は、これまでの作品で一番くらいプレッシャーに押しつぶされそうでした。ただ、初日に森さんとお話しした時、「高校生の貴樹は青木柚くんじゃないかって、マネージャーさんと話していたんだよ」と言っていただけたので、正直ホッとしました。花苗からそう見えていたなら大丈夫だって。
Q:お2人はこれが初共演ですよね?
森:はい。でも、いつかご一緒するかなという予感はありました(笑)。それに、好きな小説とかでよく勝手に「実写ならこの人がぴったり」とか考えませんか? わたしの中で高校生の貴樹は青木くんだったので、そこに驚きはなかったです。内に秘めているものが、奥山監督と貴樹役のお3方(松村、幼少期の上田悠斗)がみんな直線上にいるような感じがして。撮影期間中の青木くんは、立っているだけでも「貴樹だな」と思わせてくれました。
青木:僕も「花苗役は森さんだろうな」とピンときていたから全くビックリせず、「ここでご一緒できるんだ」と嬉しかったです。森さんと撮影現場で会ったとき、全てが花苗すぎて、『秒速』の世界と自分を結びつける象徴みたいに思えて助けられました。
大丈夫と思える信頼感がありました(森)
Q:「コスモナウト」を実写で演じられたことで、作品に関して新たな発見はありました?
森:演じるにあたっては、貴樹をどういう風に思っていくのかを鮮明にしないといけないなと思っていました。でも実際にやってみたら、一生懸命ではない人がいない物語で、だからこそ、何かが疎かになったり、どんどん欠落していく感じが見えてきて。そんなふうに内側から見られたことは、もともとファンだった自分からしても、すごく貴重な体験だったと思います。
青木:同い年くらいのときは、自分と重なっていたからこそ客観的に見れず貴樹のことがわからないと思っていました。でも、年 歳を重ねて演じてみて、彼の心苦しさ、遠くに思いを馳せる果てしなさを実感しました。種子島の、どこまでも広がっていそうだけどここが全てだと感じるような独特の空気感によって、その曖昧さが少し鮮明になった気がします。ただ、他の2人の貴樹より先にクランクインしたので、ちゃんとつながるかは不安でした。そこは原作と奥山監督のイメージする貴樹に向き合ってやり続けることで、どこかで結びつくだろう、どうか重なってほしいと祈っていました。
Q:一緒にお芝居されて、お互いにどんな感想をお持ちですか?
森:花苗の姉を演じた宮崎あおいさん(※埼はたつさき)もそうなのですが、役との境目がなくてシームレスなんです。言いよどんでも、違う方向に転んでも、大丈夫と思える信頼感がありました。不安定なリズムをすごく面白がってくださる監督だったので、一緒に楽しめた感じがします。
青木:僕が自分で気持ちを作る作業がいらないくらい、森さんの花苗が自然体でした。キャリアがある中で、あそこまでピュアに瑞々しく存在できる方って、なかなかいらっしゃらないと思います。演技のこととか、まったく話さなかったけど。
森:話してないですね。
青木:物語的に、貴樹はずっと受け取る側で、毎日、花苗の感情が揺れ動くんです。自分は、「命懸けのお芝居」みたいなのがあまりピンときてなかったんですけど、森さんは瞬間を役として生きて、キラキラしていた。お芝居が素敵なのはわかっていましたが、それ以上に、ご本人からしか出ない、計算できない魅力が爆発していたなと思います。その姿勢を間近で肌で感じられてすごく嬉しかった。控えめに言って天才! と思いました。
森:やったー!(笑)
青木:また、バイクで通学している設定だから少し焼けたほうがいいということになり日焼けしたのですが、そのときの腕時計の跡が未だに残っているんです。他の現場で「なんだか難しいな」って思うことがあると、その日焼け跡を見て「あの時の花苗、格好よかったな……」って思い出しています(笑)。
森:思いを馳せてくれてるんだ(笑)。
青木:種子島の夕日にも感動して、その写真はいまもスマホのホーム画面です。
森:そういうのに感動する人とは思わなかった(笑)。現場の青木くんの気の抜けた感じが、現実に近づけるために空気を変えるんです。そういうのにあまり恐れを感じないんだなと思いました。わたしも今回、そういうふうにできたらなと思っていたので、助けられました。不思議なバランス加減がすごくいい、コントロールが上手な方なんだろうなと思いました。それに、すごくいい人なんです。わたしが上手くサーフィンできなかった時に相談に乗ってくれて、翌朝、わざわざ撮影を見に来てくれました。上手く波に乗れたら「乗れたじゃん」って。
青木:朝4時でしたね。僕が猛練習した弓道は見に来てくれませんでした(笑)。
森:してったっけ?(笑)
原作を愛した結果が実写版
Q:新海監督からの言葉で、印象深かったものは?
森:出演が決まった時に新海監督と食事をしたのですが、その時に「めっちゃ怖いんですけど」とお伝えしたら、「大丈夫、楽しみにしてる」と言ってくださって。新海さんも、我が子のように思っている作品を外から見るのはスペシャルなことだろうから、素敵なプレゼントになるかなと思って、勇気が湧きました。後にも先にも、もうこんな機会はないですよね。
青木:会見でお会いした時に「素晴らしかったです」と言ってくださって。身に余る光栄な気持ちです。
Q:奥山監督からはどんなお言葉を?
青木:監督としての佇まいからして信頼できる方だなと思っていたんですけど、「他の作品の現場で、こうしてほしいと思ったことはある?」と聞いてくださったんです。「(芝居している時に)目線に人が入らないこと」とお伝えしたら、本当に一度も入らないようにしてくださいました。奥山組は元々そういうスタイルだったのかもしれませんが、そこまで同じ目線に立ってくださったのはありがたかったです。
森:奥山さんは、最初に『秒速』に関する手作りの“攻略本”をくださったんです。キャラクター設定とか年代設定とか、ぜんぶ書いてあって、超絶『秒速』オタクだと思いました(笑)。ある意味、わたしたちへの「よろしくね」という言葉だった気がします。身に余るお言葉がたくさん書かれたお手紙もいただきました。
Q:改めて『秒速5センチメートル』はどんな作品になったと感じていますか?
青木:実写の映像で見るとより強烈に距離と時間を感じます。すごく壮大に見える物語ですけど、よく考えると個人の内面に広がる切実な物語のような、身の回りの人や、何かで得たご縁を大事にしたいと思える映画になったと思います。
森:ファンの方が多い原作ですから、やっぱり怖い部分はありますけど、誤解を恐れずに言うなら、原作を愛した結果が実写版になったと思うんです。今、この時代に生まれた新しい映画としても見ていただきたい気持ちがありますし、それが原作に対する恩返しになるかなと思っています。もとからファンの方はもちろん、まだこの物語に触れたことのない方も、劇場でお待ちしています。
映画『秒速5センチメートル』は全国公開中


