ソフィー&ハウルとして縮まっていた関係 『TOKYOタクシー』倍賞千恵子&木村拓哉インタビュー

宮崎駿監督のアニメーション映画『ハウルの動く城』(2004)で恋に落ちるヒロインのソフィーと魔法使いのハウルを演じた倍賞千恵子&木村拓哉が、フランス映画のヒット作『パリタクシー』を原作にした山田洋次監督最新作『TOKYOタクシー』で実写映画初共演を果たした。倍賞が演じたのは85歳のマダム・高野すみれで、木村が演じたのは彼女を東京・柴又から神奈川県葉山にある高齢者施設まで送ることになったタクシー運転手の宇佐美浩二。“東京の見納め”として浩二に寄り道を依頼したすみれは、さまざまな場所を巡りながら自身の壮絶な過去を語り始める……。たった1日の旅で深く心を通わせていく二人を演じた倍賞と木村がインタビューに応じ、主にタクシーの車内という限られた空間での二人きりでの共演や、山田監督とのエピソードなどを明かした。
大きかった『ハウル』の存在
タクシーで東京のさまざまな場所を巡っていく『TOKYOタクシー』だが、倍賞と木村のシーンは主にスタジオで撮影され、風景を映すLEDウォールでぐるりと囲まれたタクシーの中で行われた。実写映画初共演にしてこれ以上なく濃厚な形で向き合うことになったわけだが、『ハウルの動く城』があったからこそ、初めから不思議なほどしっくりきていたと木村は言う。
木村:目を合わせてセッションさせていただくのは初めてだったのですが、やっぱり『ハウル』の存在が大きく、あの作品が自分と倍賞さんの間合いを無条件に縮めてくれていました。ソフィーとハウルという立場を一度経験した上でのセッションはうれしかったですし楽しみで、そこまでド緊張するようなこともなく。今回の現場で(前回はあまりなかった)コミュニケーションやスキンシップを図ることになっても一切違和感がなかったですし、不思議な感じでした。
倍賞:わたしは緊張しました。
木村:うそだあ(笑)。
倍賞:緊張したよ、もう。でもすごく楽しみでした。スタジオに入ってくると丸いステージの上にタクシーが置いてあって、周りに(LED)スクリーンがあって、そこがステージみたいな感じもあったよね。少し離れたところには俳優さんが待つテーブルがあって、そこで待っている間にいろんなおしゃべりをして。『ハウル』の時はあんまり私語なかったもんね?
木村:なかったです。
倍賞:あの時は本当に話らしい話もしなかったから、今回はいろんな話をしてはタクシーの中に入って撮影をして、またいろんな話をしては撮影をして、という感じで。それに今回、他の人とはあんまりお芝居をしなかったんです。だから毎日、浩二さん(木村)に会うのが楽しみでした。
倍賞は撮影の前には、アリーナで行われた木村のライブにも山田監督と訪れた。「『イエーイ!!!!』なんて言って、こういうの(ペンライト)を振ったりしていたんです、わたしも」と木村に目をやる倍賞に、木村は「いや、知ってますよ(笑)。その時は俺、一番緊張しましたよ!」と笑う。
倍賞:そう? そうは思えなかったけど。
木村:いや、だって山田洋次さんと倍賞千恵子さんが自分のライブの客席にいるんですよ。どういうシチュエーションなんだよっていう(笑)。
ステージに立つ木村が放つパワーを体感したという倍賞は、そんな木村が音大の附属に進みたい娘の入学金や車検代、家の更新料などに頭を悩ます一市民のタクシー運転手をどう演じるのか興味が湧き、実際、その姿に刺激を受けたという。「彼は毎日どんどん変わっていくし、わたしも変わんなきゃいけないと思いながら一緒に仕事をしていました」(倍賞)
倍賞:わたしは『男はつらいよ』で渥美清さんとずっと共演してきましたが、渥美さんって目が細いんですよ。悲しい時にその目が奥の方でウルウルとなるのがとてもすてきだったんですけど、今回は木村君が運転席でわたしはいつも後ろの席にいたので、バックミラーでのお芝居もあったんですが、バックミラーいっぱいに彼の目が入ると、すごい目力があってドキっとする(笑)。キャメラを通して彼の心を読んだり、バックミラーを通してキャッチボールをしたり、そんな心の触れ合い方というのかな? そういうことがとても面白くて、毎日楽しくお芝居をさせていただき、人の心や気持ちというものをいっぱい頂きました。
驚くべき感度の高さ!山田洋次監督の撮影現場
『男はつらいよ』シリーズを筆頭に幾度となく山田監督と組んできた倍賞と、『武士の一分(いちぶん)』以来19年ぶり2度目の山田監督作となった木村。撮影現場での巨匠は、現在94歳という年齢を感じさせないほどエネルギッシュだったと二人は口をそろえる。
倍賞:わたしたちは車の中でお芝居していて、山田さんは最初、遠くにいたのね。インカムで声が聞こえるようになっていたんだけれども、山田さんはそれがまどろっこしくなってくると、暗闇の中、みんなに「危ない! 危ない!」と言われながらこちらへやって来て、「窓開けて! 窓開けて!」と。そうして窓越しに演出をしてくださったりして。
木村:監督が来たな、っていうのが、サイドミラーとバックミラーで見えるので、それがわかると、すみれさん(倍賞)が乗っている側の窓を俺が勝手にウィーンと開けて。そうするといろいろなディレクションが始まって、終わったな、っていうのがわかると、また勝手に閉めて……というのをよくやっていました(笑)。
山田監督は本作の製作発表会見の際、「ほかの作品で観ることのできないような木村君の優しい面、温かい面を盗み撮りたい」と木村の素顔の魅力を捉えたいと意気込んでいたが、実際にはどういった演出があったのだろうか? 木村は、走るタクシーを照らす太陽の光をスタジオ内で再現する役目を負う照明部がその練習中、倍賞と共に車内でスタンバイしていた際のエピソードを明かす。
木村:ビルの前に車が入ると直射日光が遮られる形になるのでライトをパッと切り、そのビルを抜けましたってなった瞬間にライトをつける──そういう練習を照明部がしてくださっている間、車内でずっと、スタンバイの状態だったんです。その時に、本当に宇佐美でもない、すみれでもない、木村と倍賞さんで話になったんですよ。『この作品終わったら、次はどんな感じなの?』『俺は“警察学校の教官”になる予定です』みたいな本当に普通の話をして笑っていたら、山田監督がそれを見ていて、『それだよ! 今のだね! 今のいいねぇ!』となって、いや“今のいいね”って、全然素なんですけど……っていう(笑)。
木村:でも監督の感度は常に“5G”で、倍賞さんや自分だけにフォーカスが合っているんじゃなくて、登場人物の斜め後ろにかかっている台拭きの色──なんでその色なんだよ? っていうところまで見てらっしゃって。監督は一応ステッキをついて現場には現れるんですけど、撮影が始まって、さっき言ったような「そうじゃないんだよ!」と直接僕らに何かを伝えに来る時、ステッキは持っているんだけどついていないんですよ。先っぽが浮いてるんですよ、ずーっと。現場にいるスタッフの方たちも、映画を作るということ自体が本当に好きで、“好きだから、やりたいからやっている”という思いがひしひしと伝わってくる。そんな中で作業させてもらえて、めちゃくちゃ光栄でした。
山田監督の感度の高さは撮影現場以外でも。木村がフランス料理のシェフを演じたドラマ「グランメゾン東京」の劇場版『グランメゾン・パリ』も鑑賞済みで、映画vs.ドラマ談義にも花が咲いたという。
木村:「君のフランス料理の作品、あれはテレビドラマを撮っていた監督がやったのかい?」と聞かれて、「あ、そうです」と言ったら、「そうか。考え直さなければいけないね。テレビの監督とか、映画監督とか、そこに変な線引きはまったくないんだね。あの監督は素晴らしいね」っていうふうに言ってくれたんですよ。それこそ塚原(あゆ子)監督にすぐ伝えたくなって(笑)、「山田監督がそう言ってくれたぜ!」って速攻で連絡しました。
木村:映画もドラマも“やっていることは一緒”と思う自分もいるのですが、映画ならではの味を作り出しているのがそこにいらっしゃる方たちのプライドや本気度、熱量なのかなとも思いますし、連続物のテレビドラマとなると締め切りとも向き合わなければならなかったりするので。山田監督からも「『男はつらいよ』はもともとテレビ作品を映画化したもので、当時は『そんなの絶対成功しない』って僕は笑われたんだよ」というお話しを伺って。(映画もドラマも)きっと本質的な部分は変わらないと思うんですけど、例えば、テレビドラマがTシャツだったら、映画ってなった瞬間にちょっとした襟付きのシャツになるのか。テレビドラマだけど今回はスーツやイブニングドレスって構える作品もあるだろうし、映画なのに今回はタンクトップっていう監督もいらっしゃるだろうし。いろいろあるからこそ、その都度の座組で挑戦するんじゃないかと思うんです。
今この時間を大切にすることが大事
すみれは終活として浩二の運転するタクシーで高齢者施設に向かいながら、戦争や暴力的な夫に翻弄された波乱万丈な過去を明かしていく。そんなすみれを演じた倍賞は、「“どう年を重ねよう”とかはあまり思わないんだけど、今という時間をね、とても大切にしたいなって最近思います」と語る。
倍賞:今をどう生きているかっていうことが、大事かなって。今このインタビューを受けている時間もそうだし、今の時間を大切にしていくことが、年を重ねることにもつながっていくから。前に「人が生きるとか死ぬとか、どういうことなんだろう?」とわからなくなって、お蕎麦屋さんでよく会う住職さんに「死ぬってどういうことなんでしょうね?」と聞いたんです。そうしたらしばらく考えた末に「生きることですね」と言われ、それを聞いて肩の荷が下りたんです。
倍賞:そうして今は、(将来よりも)今のこの時間を大事にしなくちゃいけないということをひしひしと感じているし、世の中、なんでこんなあちこちで戦争が起こっているんだろう? 核は廃止しようって言っているのにみんな持っているじゃない、これっておかしくない? と思う。だからこそ、この戦後80年の年に、この作品に出られて、そういうことをセリフでも言えたこと、木村君と会えて、新しいスタッフの人たちと一つの山を登れたことが、わたしとって年を重ねてきてよかったなと思えること。そしてまたそういうふうに、心と気持ちが通じ合える人たちと会いながら、日々やっていければいいなと思います。
そんな思いが詰まった作品だけに、ぜひ映画館で鑑賞してほしいと倍賞は言う。「どんどん映画が、自分の家のテレビで観られちゃうでしょう? あれは惜しいですよね。でもこれだけは、映画館に来てよって言いたい映画があるし、『TOKYOタクシー』は特に!」と力強くアピールしていた。(編集部・市川遥)
映画『TOKYOタクシー』は11月21日より全国公開


