『JUNK HEAD』ストップモーションアニメで築き上げた孤高にして異形の城

映画ファンにすすめるアニメ映画

 かつてこのような作品が、日本のアニメに存在しただろうか。堀貴秀監督の『JUNK HEAD』は、実物のフィギュアを1コマずつ動かしながら撮影するストップモーションアニメ。そのフィギュアはすべて監督自身の手作り。総コマ数は約14万に達し、1本の映画として完成させるのに7年もの月日をかけたという。狂気にも似た創作への情熱が生み出した、他に類を見ない作品世界の一端を紹介する。(香椎葉平)

※ご注意 なおこのコンテンツは『JUNK HEAD』について、一部ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。

JUNK HEAD
『JUNK HEAD』ポスター — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

【主な登場人物】

パートン
ダンス講師の男。バーチャル技術を通して教えるので、実際に肉体を動かして踊ったことはない。人類が永遠の命を持つ代わりに生殖能力を失った、地上世界で暮らしている。

3バカ兄弟(アレクサンドル/ジュリアン/フランシス)
1,600年前に人類に反乱を起こして以来、地下世界で独自に進化を続ける人工生命体・マリガンの3兄弟。記憶力を強化されたマリガンであるドクター・ルーチーのもとで働いている。

[PR]

深淵へと転がり落ちた頭部の見る夢

頭部
この時代の人間の肉体は頭だけで他の部分は作り物のようだ。『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 この作品は、ストップモーションアニメという名の怪物だ。

 人類が不死に近い長命と引き換えに生殖能力を失った未来。主人公のパートンは、バーチャル技術を通して肉体を一切使わず脳内のイメージによるダンスを教えている。だが、新種のウイルスの流行により、全人口の30%が失われたため、そのダンス教室は閉じることになってしまった。

 失業したパートンは、地下世界の調査員となって、探索の旅に出ようと決意する。目的地の地下世界には、労働力として開発されたマリガンと呼ばれる人工生命体がいるが、彼らは人類に反逆し、地底の迷宮で独自の進化を遂げており、その生殖の秘密を探れば、人類再生の道も見つかるかもしれないということなのだ。

 この時代の人間の肉体は頭だけで他の部分は作り物のようで、調査員となったパートンは探索の途中、脳を格納した頭だけが体から切り離され、深淵へと転がり落ちていく。その頭が、無限とも思える広がりを見せる奇怪な地下の世界で、奇怪な存在たちと共に、奇怪なユーモアを塗りたくられた冒険の旅を繰り広げる……。

マリガン3兄弟
人工生命体・マリガンの3兄弟。『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 一見、どこかで目にしたことのとある世界にも思える。『エイリアン』(1979)のクリーチャーデザイナーとして知られるH・R・ギーガーの作品?「滅びの画家」とも言われるズジスワフ・ベクシンスキーの終末的イメージ? あるいは、おぞましくも蠱惑(こわく)的な深海生物? どことなく、夭折(ようせつ)の天才画家・石田徹也の絵のような雰囲気も感じられる。

 『JUNK HEAD』は、そのどれにも似ているようで、実はまるで似ていない。それも当然だろう。これはおそらく、主人公パートンあるいは堀監督の脳内にうごめくイメージというモンスターを、そのまま動かしてみせたものなのだから。

ドクター・ルーチー
マリガンのドクター・ルーチー(左)に助けられた(?)パートン。『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 ディストピアSFとして公式サイトでも記しているが、本当にそうだろうか? 本作は、ディストピア物には当てはまらない部分があるし、もしかすると、SFですらないかもしれない。劇場を訪れた観客は、眠りにも似た暗闇が辺りを包み、暗闇が辺りを包み、作品の上映が始まった途端、堀監督が主人公の頭部を通して見せる夢に引きずり込まれることになる。

[PR]

暗黒にきらめくエンターテインメント

グローム
腕力だけは強い知能の低い野生動物グローム。『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 『JUNK HEAD』は徹底して独自の表現を突き詰めたからこそ、カテゴライズが困難な怪物になったのだ。それは、良い作品にするためにはこうすべきだというセオリーにのっとることではなく、自由な発想の基に自由に表現することだ

 フランスの画家アンリ・ルソーは、生涯一度も見たことのなかったともいわれている南国のジャングルを、頭の中のイメージを独創的な表現で描き、夢幻的に輝く詩情を放ち続ける素朴派の作者として、その名を永遠のものにした。

パートン
正体不明の生物に追われるパートン。『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 堀監督は、眠りの中でしか目にするはずのない夢の光景を、独創的な表現で、何かに似ているようで、何にも似ていない形にしてみせた。映像表現技術は、すべて独学で身につけたものだという。もし教えられて学んでいたら、制作期間の短縮や技法により良い点があったかもしれないが、全体としては何かに似ている作品にとどまっただろう。

生命の樹
マリガンを生み出す生命の樹?『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 ただ、人類が生殖能力を失った世界という設定は、独創的なアイデアではなく、有名なところでは『トゥモロー・ワールド』(2006)がある。ブライアン・W・オールディスの小説「グレイベアド 子供のいない惑星」は、同じ題材を扱っていながら、さらに古い。

生命の樹になる母体
生命の樹になる母体、通称ヨーグル。『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 理想郷とは正反対の破滅的な世界ディストピアを描いた作品の中に、ジョージ・オーウェルの小説「動物農場」がある。共産主義社会の真の姿をディストピア物として描いた不朽の名作小説で、そのアニメ版『動物農場』(1954)は今も議論の対象となる問題作として知られている。

 『JUNK HEAD』は、それらのディストピアものとは一線を画し、冒険する主人公が、何だかとても楽しそうだ。実際に彼は作中で、「今までにない生きている実感を覚える」というような言葉を口にする。そもそも冒険を決意した場面に、映画『インディ・ジョーンズ』と思しきパロディーが存在する。人類の未来を担う深刻さや破滅的な世界の実現に警鐘を鳴らしたり、そこからひるがえって現代社会を風刺するような態度は、基本的に見当たらない。

 だから作品としての価値が損なわれているかというと、答えは逆だ。本物のジャングルを忠実に写したルソーの絵に、果たして詩情は残るだろうか。イメージの奔流を泳ぐのであれば、ディストピア世界がこのうえなく楽しいのも確か。『JUNK HEAD』は暗黒にきらめくエンターテインメントでもあるのだ。

[PR]

実際に人形を動かすがゆえの実在感

ニコ
物語のアクセントとなっている女形マリガンのニコ。 『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 スティーヴン・スピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』(1993)でも、ストップモーションアニメの技術が多数応用されている。当初はストップモーション中心で制作する構想があったらしいが、当時目覚ましいスピードで発展をはじめていたCG技術を多数使う方向に切り替えたようだ。それでも、生物を模したロボットを作って撮影するアニマトロニクス技術を大がかりに用いるなど、キャラクターの「実在感」には強くこだわっている。

 当時のスピルバーグ監督の頭にあったのは、彼が強く影響を受けていると言われる、ストップモーションアニメの巨匠レイ・ハリーハウゼンの作品だろう。その代表作のひとつである『アルゴ探検隊の大冒険』(1963)を、子どもの頃に初めて観た時の衝撃と興奮を、筆者はいまだに忘れることができない。青銅のタロス像が、魔術によって動き出し、英雄イアソン率いる人間の冒険者たちに襲いかかる驚くべき実在感!

バルブ村の子供
やんちゃでかわいいバルブ村の子供たち。『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 この実在感が、『JUNK HEAD』の奇怪な存在たちからも、実際に人形を動かしているがゆえにまざまざと感じ取れるのだ。まさに実在する愉快な悪夢。堀監督は、自らの脳内にあるイメージを、そこまでリアルにせずにはいられなかったのかもしれない。

浄化装置
有毒ガスを浄化する巨大装置!?『JUNK HEAD』より — (C) 2021 MAGNET / YAMIKEN

 『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)が第90回アカデミー作品賞を獲得したギレルモ・デル・トロ監督が、「狂った輝きを放ち、不滅の意志と創造力が宿っている」と評したのもうなずける。ほとんどのキャラクターの声まで監督が自分自身で演じ、その言葉が何語でもない奇怪な人工言語(?)であるなど、観るまでに想像もしないだろう。『JUNK HEAD』は全編字幕作品なのだ。目覚めた後で考えると意味不明な夢に、見ている最中は何ら違和感を覚えなかったことを、不思議に思ったことはないだろうか。幕が閉じた後にはそんな気分にもさせられる。そこまでのこだわりに貫かれた作品なのだ。

 内装業を本職とする男が、誰に依頼を受けたでもなく成功のあてもないまま独学で映像技術を学び、ほとんどすべてを手作りで、約14万コマに達するストップモーションアニメを7年もの月日をかけて創り上げるなど、常軌を逸した取り組みだ。

 だが、堀貴秀監督はそれをやった。そしてその作品は、常識外れだったからこそ生まれた孤高にして異形の城として、今、数ある日本アニメの中にそびえ立っている。

 他のどこにもないものを観たいと思っているのであれば、アニメファンに限らず、今すぐ劇場に足を運ぶべきだ。

【メインスタッフ】
監督:堀貴秀
原案:堀貴秀
キャラクターデザイン:堀貴秀
撮影:堀貴秀
照明:堀貴秀
編集:堀貴秀
音楽:堀貴秀/近藤芳樹
制作:やみけん

【声の出演】
堀貴秀
三宅敦子
杉山雄治

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • ツイート
  • シェア

楽天市場

[PR]