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ジョエル・コーエンがやりたい放題のシェイクスピア映画を実現『マクベス』

厳選オンライン映画

今観たい最新作品特集 連載第1回(全7回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は今観たい最新作品特集として全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

マクベス
『マクベス』はApple TV+にて配信中

『マクベス』Apple TV+
上映時間:105分
監督:ジョエル・コーエン
出演:デンゼル・ワシントンフランシス・マクドーマンドほか

 カンヌ映画祭パルムドールに輝いた『バートン・フィンク』(1991)、アカデミー作品賞を受賞した『ノーカントリー』(2007)など、独自の映画哲学に裏打ちされた作品群を生み出してきた天才コンビ、ジョエル&イーサンのコーエン兄弟が解散した。

 いや、はっきりと解散を発表したわけではないのだが、Netflixオリジナル映画として配信された西部劇『バスターのバラード』(2018)の後、弟イーサンは「映画からしばらく離れたい」と言ったという。結果、初めてイーサンが関与しないジョエル・コーエンの単独監督作として、デンゼル・ワシントンとジョエルの妻フランシス・マクドーマンド主演による『マクベス』が生まれたのだ。

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デンゼル・ワシントン
デンゼル・ワシントン - 『マクベス』はApple TV+にて配信中

 本作を「コーエン兄弟の新作」だと思って接すると、脳内にいくつもの疑問符が渦巻くかも知れない。原作は黒澤明監督が『蜘蛛巣城』(1957)として翻案したことでも知られるシェイクスピア四大悲劇の1つ。脚本クレジットはジョエルになってはいるが、セリフも構成もシェイクスピアのオリジナルにかなり忠実で、ジョエルが古典にこれほどまでのリスペクトを払ったことに驚かされる。

 発端は、フランシス・マクドーマンドが「マクベス」の舞台に出演する際にジョエルに演出を頼もうとしたことだった。ジョエルは11歳の時にシェイクスピアの「十二夜」の舞台劇を観て感銘を受けたことはあったが、熱心なシェイクスピア信者ではなかった。しかし舞台ではなく映画なら面白いことができると考えて、「マクベス」の自分バージョンを構想したという。「イーサンが興味を持つ題材ではないので、一緒にやっていれば撮らなかった」とも語っている。

フランシス・マクドーマンド
フランシス・マクドーマンド - 『マクベス』はApple TV+にて配信中

 しかし、実際に作品を観てみれば、これほど純度の高いジョエル・コーエン映画もないのではないか。あらゆるシーンがリアリズムを拒絶し、余計なものが削ぎ落とされ、演技は様式化され、一分の隙もなく緻密にコントロールされている。光と影が極端に強調された白黒映像は明らかにフリッツ・ラングらのドイツ表現主義に強く影響されているし、前述の黒澤や溝口健二を想起させるような瞬間もある。

 だからといって映画マニアの懐古趣味とはまったく違う。映画の全編が、すべてのショットが白と黒の悪夢と呼ぶしかない魔術的な美しさに満ちていて、同時に突き放したような冷たさが観る者の居心地を悪くさせる。これこそが、まさにコーエン兄弟の映画でしか味わえなかった感覚なのだ。

キャスリン・ハンター
キャスリン・ハンター - 『マクベス』はApple TV+にて配信中

 ジョエルが『マクベス』について「カップルが殺人をくわだてる話」だと思えば馴染みがあると発言しているのも面白い。確かにデビュー作の『ブラッド・シンプル』(1984)や『ファーゴ』(1996)など、コーエン兄弟には殺人スリラーにブラックユーモアを交えて描いてきた歴史がある。

 『マクベス』は本来重厚な悲劇だが、魔女の予言に翻弄され、王の暗殺をめぐって右往左往するマクベスと、出世のために夫を言いくるめようとするマクベス夫人がほのかに夫婦漫才感を醸していることや、現代では大仰に響くセリフ回しにおかしみが感じられることもコーエン的な世界観のおかげかも知れない。

コーリー・ホーキンズ
コーリー・ホーキンズ - 『マクベス』はApple TV+にて配信中

 シェイクスピアの古典を巨木の幹だとすれば、ジョエルは枝をゆがませ、風変わりな葉を生やし、不気味な花を咲かせて、異様な姿に作り上げた。長年独自の道を歩んでたどり着いた円熟の境地が、このやりたい放題のシェイクスピア映画を実現させたのに違いない。

 そしてどこを切ってもハイクオリティーな映像と演技に彩られた本作において、1人飛び抜けて突出した存在感を放っているMVPがいる。マクベスを惑わす3人の魔女の1人を演じた英国の舞台女優キャスリン・ハンターだ。

モーゼス・イングラム
モーゼス・イングラ - 『マクベス』はApple TV+にて配信中

 『マクベス』の魔女といえば『蜘蛛巣城』では連続テレビ小説「おちょやん」のモデルになった浪花千栄子が演じていたが、とにかく物語の元凶となる重要なキャラ。現在64歳のハンターは、前衛舞踏のような身体能力を発揮し、奇妙キテレツな身体の動きだけで人ならぬ魔物であることをマクベスにも観客にも納得させてしまう。

 ジョエルも彼女の卓越したパフォーマンスありきで、この異様なシーンをCGなしで作っている。筆者は Apple TV+ で配信されているのをいいことに、すでに魔女のシーンを何度もリピートして観てしまった。わずかな出番でシーンをかっさらう大ベテランの凄みだけでも見逃してはならない理由になると思うので、この最上級の悪夢にぜひトライしていただきたい。(文・村山章、編集協力・今祥枝)

『マクベス』はApple TV+にて世界配信中

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