時には懺悔を (2026):映画短評
各方向で高いハードルを超えようとする野心を、どう受け止めるか
演出も脚本も、演技も、高いハードルをクリアしようとする野心が漲る一作。
盗撮のような映像も多用し、セリフで過去と現在をリンクさせるなど、挑発的手法で前半は人間関係や事件の全容がわかりづらいが、それも狙いどおりだろう。中盤は展開が停滞するも、その頃には作品のムードに浸っていく。
中心となる障がいを持つ子を当事者に演じさせたことで、観ているこちらの不安感は増大し、効果は大きい。ただ他の子供たちも執拗に出してる感じなのは、どうなのか。誰もが渾身を捧げる俳優陣では、宮藤官九郎の切実さ、諦念は凄まじいレベル。
全編で激しく心がざわめきつつ、では「何を伝えたかったのか」と問われると、答えに窮するのも事実。
この短評にはネタバレを含んでいます





















