しびれ:映画短評
ライター2人の平均評価: 4.5
沈黙のアクションが“私映画”を硬質な詩情へと昇華させる
『佐々木、イン、マイマイン』から『若き見知らぬ者たち』、そして本作へと飛躍/洗練を遂げつつ、内山拓也監督は自身のルーツとコアに遡行し深く潜っていく。声を失った主人公・大地は水を汲んだポリタンクを引き上げ、海沿いの道を歩く。背中を追うカメラは、世界の抵抗を少年の身体そのものに負わせる。
ダルデンヌ兄弟の『ロゼッタ』を連想するが、同時に16mmで捉えた新潟の冬の風景は神話的な美を湛え、母と暮らす雑居ビル屋上のプレハブ小屋もアイコニックに映える。劇中のキートン映画のように、訪れる受難に黙したまま応じる大地。その身振りに無声映画さながらの強度が宿る。内山は私的な記憶を研ぎ澄まされた傑作に結晶させた。
観ていて辛い。でもその先に希望を感じた時、至高の時間に
自伝的ストーリーということで、内山監督のこれまでの作品以上に「痛み」「切実さ」が強烈なレベルで宿り、少年時代の辛い日常は観ていて耐え難い瞬間もあるが、それも監督の意図どおりだろう。
一方で映画としての構成は計算され、主人公・大地の心の変遷が手に取るようにわかる。ゆえに共感できる度合いも高い。これを経験した人が、いま映画監督になった事実に「希望」も感じる。
手持ちカメラがつねに微妙に揺れているのは状況や人物の心情の表象なのだろうけど、ちょっと動きすぎで生理的にキツいかも。
北村・宮沢とも妥協なき演技は賞賛に値するし、大地の少年時代を演じた3人の俳優が、シームレスで繫がる違和感のなさに驚くばかり。






















