死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ (2025):映画短評
ライター4人の平均評価: 4
究極の反面教師映画
大量虐殺に加担し、非道な人体実験を行いながら、裁かれることなく逃げおおせた人物の生涯だ。あくまでフィクションだと、頭では理解している。とはいえ「なぜ自分だけ?」、「他の医師もやってた」から、生涯変わることのない優生思想まで。私たちでも冷静に見るのが難しいのに、被害を受けた関係者なら腸が煮えくり返る思いだろう。だが目を背けてはいけないのだ。彼が逃亡を続けられた背景には賛同者や協力者がいた。そして彼同様の発言を、今も堂々と公の場で発言する者がいるのだ。奇しくもナチス信奉者が起こした実話を基にした香港『正義廻廊』が同日公開。本作が今この世に放たれた意義を噛み締めずにはいられない。
今まさに世界中で増殖する「凡庸な悪」への過去からの警鐘
アウシュヴィッツ強制収容所で人体実験を行うなどし、それゆえ「死の天使」とも呼ばれたナチスの医師ヨーゼフ・メンゲレの伝記映画。ただし物語の大半は、戦後30年以上に渡る南米での逃亡生活に割かれる。時間軸を自在に行き来しながら描かれるのは、あまりにも身勝手で独善的で矛盾したメンゲレの俗物的な素顔。こういう人間、今も世界中にいる。日本にもいる。なんなら増殖している。本作の核心はそこにあるだろう。全編を重苦しいモノクロ映像で統一しつつ、メンゲレにとって人生最良の日々だったアウシュヴィッツ時代の回想シーンのみ、8ミリで撮ったホームムービー風のカラー映像で郷愁たっぷりに描写するという手法も面白い。
逃げても自由になれなかった男の、“戦争”という牢獄
いうまでもなく、本作はナチス戦犯メンゲレに同情させるものではない。それはカラーで描かれたナチス時代の目を覆いたくなる暴虐からも明らかだ。
注目すべきは、戦後の逃亡生活を描いたモノクロ映像。メンゲレは死ぬまで捕まることはなかったが、かといってラッキーだったわけでもない。モサドやナチハンターの追跡に怯え、つねにビクビクしている。このモノクロームは、彼の息苦しさの表われでもあるのだ。
“戦争の終わりは人によって違う。私の戦争はまだ終わっていない”と言いながら逃げ続けたメンゲレは、死ぬまでナチスであり続けた。それこそが、彼の“牢獄”だったのかもしれない。
セレブレンニコフ節の優れたヴァリエーション
ロシアの歪みを描き続けてきた鬼才監督セレブレンニコフが、ナチスの闇へと身を投じる。アウシュヴィッツの“死の天使”メンゲレ──南米に逃れて偽名で生きた亡霊のような30年を、彼は時制をねじり多面体の肖像として立ち上げる。 白黒の逃亡生活と、鮮烈なカラーで蘇るナチス時代。その反転は罪を直視せず、むしろ被害者を名乗ろうとする凡庸な心の構造を暴く。
『リモノフ』で国家を内面化する人間の危うさを描いた監督は、同様の問いを鋭く突きつける。人は“正しい”と信じた瞬間、時代の巨大な要請と自分を同一化してしまう──その恐ろしさを。これは過去の物語として消費されるものではない。誰もが簡単に踏み外す一歩への警告だ。

























