霧のごとく (2025):映画短評
ライター2人の平均評価: 3.5
「あの時代の雲と霧」に捧げられた、心と血が騒ぐ大河ヒストリー
公開中なのだがNetflixにて『大濛』の原題(「濃霧」の意味)で配信も。これは、同じ水滴から空と地上に分かれた「あの時代の雲と霧」に捧げられた大河ヒストリー。自国の負の歴史を省みる所業を“自虐史観”などと呼ぶ態度とは無縁な、『1秒先の彼女』(20)の監督のアナザーサイドに啓発される。
1950年代台湾の戒厳令下、反政府分子として銃殺されたという兄の遺体を引き取りに行く貧しい妹。この流転のヒロインを軸とし、彼女を手助けすることとなる元軍人、気のいい人力車夫が贖罪のごとく奔走する。影のように跡を追うカメラワークと共に、二人が動くたびに事件(映画的なシチュエーション)が発生して、心と血が騒ぐ。
歴史を現在に繋げて希望を描く
1950年代の台湾、ひとりで知らない土地に向かう少女と、彼女を詐欺師から救う人力車の車夫の青年。ノスタルジックな色調で描かれる、時にはユーモラスな心温まる物語でありつつ、実は、1949年の戒厳令以降、何千人もの被害者を出した政治的弾圧、白色テロの犠牲者とその家族の物語でもある。
チェン・ユーシュン監督は、映画の根底に、歴史の暗部とそこで倒れた人々の志を忘れてはならないという強い意志をみなぎらせながら、しかし、物語を悲痛なものにはしない。批判するだけではなく、生きる人々の活力も描き、現代に繋げて希望を抱く。その姿勢が胸を打つ。主人公の兄が書いた、雲と霧が出てくる童話のような文章が心に残る。






















