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名画プレイバック

『地球に落ちて来た男』(1976年)監督:ニコラス・ローグ 出演:デヴィッド・ボウイ 第54回【名画プレイバック】

『地球に落ちて来た男』(1976年)監督:ニコラス・ローグ 出演:デヴィッド・ボウイ 第54回
今年1月に亡くなったデヴィッド・ボウイ - (C)1976 Studiocanal Films Ltd. All rights reserved.

 今年1月、69歳の誕生日と新譜発表の翌々日に訃報が届いたデヴィッド・ボウイ。彼の映画初主演作『地球に落ちて来た男』(1976)は、タイトルそのままに地球に降り立ったエイリアンを主人公に、彼の目に映る世界を描く。英国人の監督が英国のロックスターを起用しアメリカで撮ったSFであり、ラブストーリーであり、ごく近い数十年後の未来を予言したような趣きもある作品だ。(冨永由紀)

 ウォルター・テヴィスの同名小説を、『赤い影』(1973)のニコラス・ローグが映画化した本作は、宇宙から飛来してきた飛行物体がニューメキシコ州の湖に突入するところから始まる。続いて、1人の男が細い手足をふらふらさせながら、急斜面を降りていく。町にやって来た男は、きれいな英語を話すが、土地の訛りではなく、アメリカ南西部の小さな町ではそれだけで怪しまれる。大英帝国のパスポートを持ち、トーマス・ジェローム・ニュートンと名乗るその男は人知を超えた9つの特許を持ち、ニューヨークに赴くと弁護士のファーンズワース(バック・ヘンリー)を雇って巨大企業「ワールド・エンタープライズ」を起こし、ヒット商品を売り出す。一躍、大富豪となった彼の正体はもちろん、彼の真の目的も誰も知らない。

 撮影当時は20代後半だったボウイの人間離れした美しさは、異星からの訪問者という設定にこのうえない説得力をもたらしている。ニュートンには不毛の惑星となった故郷に残してきた妻と2人の子どもがいる。水の惑星に降り立った彼には同胞を救うというミッションがあるのだが、急激な環境の変化も相まって、とにかく虚弱。肌は青白くやせ細り、古いホテルのエレベーターに乗っただけで鼻血を出して昏倒してしまい、若い女性従業員のメリー・ルー(キャンディ・クラーク)に抱きかかえられて部屋まで運ばれる。彼女は繊細さの欠片もないような鈍感なアメリカ娘なのだが、2人は惹かれ合い、恋人同士になる。メリー・ルーは彼にテレビと酒を教える。水を求めて地球に来たニュートンは、やがて何台ものテレビを積み重ねて同時視聴しながら、水とまったく同じように無色透明のジンを飲み続けるようになっていく。一方、ファーンズワースは、ニュートンの事業に興味を持ったシカゴの大学教授・ブライス(リップ・トーン)をニューメキシコで進める宇宙計画のために雇う。

 ストーリーの時間軸は一定ではない。突然、ニュートンが故郷の記憶を蘇らせたかと思えば、若かったメリー・ルーが中年になっていたり、他の登場人物の髪に白いものが増えたり、開拓時代の住民が現代の自動車に乗ったニュートンの姿を見とがめ、不審がる彼らの姿もまたニュートンの目に映っている場面などもあり、時間はパラレルに流れている。すべてはやがてつながるのだが、それがどんなふうに、どのタイミングで起きるのかは、作品を見続けることでしかわからない。そして誰もが年老いていくが、ニュートンだけは変わらず、細身の美青年のままだ。実はニュートン役のファーストチョイスは『ジュラシック・パーク』(1993)やテレビドラマ「ER 緊急救命室」(1994~2009)の原作者で、映画監督・脚本家でもあった作家のマイケル・クライトンだったという。2メートルを超える長身でハンサム、並外れたインテリでもあった彼は実存として、ニュートンというキャラクターにより近かったかもしれないが、ボウイがもたらした甘い儚さはクライトンには出せなかっただろう。酒と暴力に満ちたメリー・ルーとの愛憎ドラマは、ボウイとクラークという組み合わせだからこそ成立する。ヒロインの名前が原作と違うのはおそらくこの曲を使うためと思われる「ハロー・メリー・ルー」をBGMにした1シーンは、すべてをさらけ出すパフォーマーとしてのボウイの威力が炸裂している。

地球に落ちて来た男
7月16日よりユーロスペース、シネマート心斎橋ほかで追悼上映される『地球に落ちて来た男』(C)1976 Studiocanal Films Ltd. All rights reserved.

 本作が近未来を予言しているかのような部分は、例えばニュートンが巨万の富を築くきっかけになったヒット商品だ。まるで1980年代に大ヒットした使い捨てカメラにそっくりのコンセプトなのだが、1970年代半ばにはあり得ない商品だった。ニュートンはテレビを何台もそろえて、ニュースや映画などあらゆる映像を見て人間社会の知識を吸収する。マルチチャンネルを具現化したこのシーンは、テレビのリモコンさえ普及していなかった時代にはインパクトが大きかったはず。さらに、詳しい説明のないまま登場する「ワールド・エンタープライズ」のライバル企業側の1人、ピーターズの存在もある。優秀な黒人男性が大企業を買収し、モデルのような白人美女の妻と子どもたちと豪邸に住み、やがて軍事指導者になる。そんな展開が40年前のアメリカでは最も非現実的と見なされた、と後にローグは明かしている。彼は「映画はタイムマシンのようなものだ」と語ったこともある。1976年には想像もつかなかったものは数年のうちに次々と実現し、現実よりずっと先を歩んでいた作品が時代に追い越されてしまった部分もある。不老のニュートンを演じたボウイも、もうこの世にいない。

 脚本のポール・メイヤーズバーグはこれがデビュー作。ボウイがビートたけし、坂本龍一と共演した『戦場のメリークリスマス』(1983)で大島渚監督とともに脚本を執筆しているが、黒澤明の映画や日本文化に強い影響を受けたという彼の日本への憧憬は本作でもあちこちに見て取れる。地球に来たばかりのニュートンが鑑賞する歌舞伎風の舞踊劇、ニュートンとメリー・ルーが暮らす湖畔の家には鳥居状のものがあったりもする。ちなみに前述の通り、ローグはニュートン役にマイクル・クライトンを念頭に置いていたが、メイヤーズバーグは脚本の第一稿にボウイの「スペース・オディティ」や「ライフ・オン・マーズ」の歌詞を織り込んでいた。それは宇宙をイメージさせる要素のみならず、ボウイの持つメランコリックな孤高さに惹かれてのことだったそうだ。孤独に姿形があるならば、これがそれに違いない。ボウイの佇まいはそんな思いを抱かせる。

 誰かがそばにいても、いなくても独り。そしてニュートンに限らず、登場人物の誰もが何らかの形で場違いな余所者=エイリアン的な事情を抱えているのも興味深い。

 ブリューゲルの「イカロスの墜落のある風景」や藤田嗣治の絵画、ツトム・ヤマシタのサウンドトラックにロイ・オービソンなどのポップミュージックとさまざまなフォームの芸術がもたらす効果も特徴だ。ニュートンが積み重ねたテレビの画面にはオードリー・ヘプバーンの『昼下りの情事』(1957)など数々の名画が映る。その中の1本『第三の男』(1949)は、後に場所を変えて別のテレビ画面にも登場する。アリダ・ヴァリとジョセフ・コットンのやりとりを、メリー・ルーとブライスの会話にそのまま引用し、オーソン・ウェルズが演じたハリーとニュートンが重なる。モザイク状に複雑化しているが、実はオーソドックスな物語を、ローグはそれまでにない形で描いてみせた。

 忘れ難い場面がいくつもある中で屈指の名シーンは何と言ってもラストだ。ジャズの名曲「スターダスト」に乗せて映し出す主人公のクローズアップも、思いも寄らぬ見せ方だ。地球への訪問者は、星屑になったのか? 彼の運命はぜひ自分の目で確かめてもらいたい。


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