おくびょう鳥が歌うほうへ (2024):映画短評
ライター3人の平均評価: 3.7
ローナンの演技はオスカー候補入りすべきだったレベル
オスカー候補入りは逃したものの、今作のローナンは昨年のアワードシーズン中、たびたび名前が挙がっていた。実際、ローナンは本当にすごい。自身の依存症や家族の問題に葛藤を抱え、回復を試みても挫折してしまう若い女性の心を、時には目の動きだけで静かに、時には荒々しく表現。ストーリーが時間の流れ通りに進行せず、行ったり来たりするのは、彼女自身にそう遠くない昔を思い出させつつ観客に全体像を見せていくという意味で、効果的といえる。依存症がリアルに描写されたのは、原作の回顧録の著者が脚色にかかわったのも大きいのかも。重い映画ながら、海や鳥など自然の要素が詩的な雰囲気をプラスしている。
自然の中に分け入るほど、自分が見えてくる
アルコール依存症の克服を題材にした作品は根性秘話にもなりそうだが、過剰なドラマ性とは無縁。むしろジャック・ケルアックの小説のような淡々とした旅の物語に近い。
ロンドンを離れてイングランドの北の果て、オークニーの島に帰省した主人公の旅路は、さらに奥の孤島へ。人間関係のノイズが薄まれば薄まるほど自己と向き合っていく彼女の胸の内に、海辺や丘、草地の荒涼風景が寄り添う。オークニーは本作のもうひとつの主役でもある。
風や波、動物の鳴き声などの音の使い方も絶妙。エンディングにフィーチャーされたザ・ザの名曲「ディス・イズ・ザ・デイ」にもグッときた。
北の澄んだ大気を胸に吸い込む
北の海辺の小さな家に住み、アルコール依存症を克服しつつある女性の静かな毎日を描きながら、彼女のこれまでが少しずつ明かされていく。シアーシャ・ローナン演じる主人公の髪色が、彼女の状況につれて何度も変わるが、どの色も鮮やかで明るい。北の海辺の風は冷たいが、光はいつも澄んでいる。ずっとヘッドホンで音楽を聞いていた主人公が、それを外して風や波の音に耳を澄ませるように変わる。すると、聞こえてくる音がある。
監督は『システム・クラッシャー』で感情を制御できない9歳の少女を描いたノラ・ファングシャイト。同作のユヌス・ロイ・イマーの撮影が、北の冷たく微かな光をとらえる。























