小川のほとりで (2024):映画短評
ライター2人の平均評価: 5
「キム・ミニ主演」の鮮やかな再定義
最近のホン・サンスとしては長尺の111分だが、核心は「キム・ミニ主演」――今のキム・ミニをどう撮るか、ではないか。女子大で繰り広げられる人間群像は学生チームと熟年チームに分離していて、彼らには「ドラマ」が起こるが、キム・ミニ演じるクム先生だけは“何も起きない”。両サイドの隙間にひとりだけ宙吊りになることで、40代女性の存在の揺らぎが印象的に際立っているのだ。
そしてテキスタイル作家であるクム先生は、作品の為に小川の水模様を描きとめる。彼女が愛用するスケッチブックとミニパレットは「小さなカメラ」の比喩だろう。「フローイング・ウォーター」と題された織物は、次に日本公開となる『水の中で』と繋がる。
弾む会話、美しい映像、そして酒席(?)の吸引力
ホン・サンスの作品は度々エリック・ロメール監督からの影響が指摘されるが、本作はそれがもっとも理想的に実を結んだといえるかもしれない。
街や自然にカメラを向けたときの美しさや、ひょうひょうとしたタッチににじみ出るユーモア、会話から浮かび上がるキャラクターの心の機微。それらは生身の人間がそこにいると観る者に信じさせる、ロメール節と符合する。
監督のミューズ、キム・ミニは激情をあらわさずとも、確かにそこで生きている人間を好演。川のせせらぎをはじめとする音の演出も、本作のナチュラルな魅力を印象づける。監督のトレードマークでもある酒宴シーンも多く、観終わると呑みに行きたくなる!?























