POCA PON ポカポン (2025):映画短評
ライター3人の平均評価: 4
頭の中を容赦なくハックしてくる映画!
頭の中を容赦なくハックしてくる映画だ。“ポカポン”と呼ばれる不可思議なメロディと共に。果たして「人間をやめた」と言う人間は、本当に人間をやめられるのか? 彼は28年前、連続児童殺傷事件の犯人であったが、今は正しいことを繰り返しながら「人間をやめた」人間をやっていて、でも被害者家族はむろん、罪人と捉えている。
そんな元少年A(尾関伸次)の過去を知らずに憧れる少年(原田琥之佑)。映画は“胡蝶の夢”のように現実と夢想とが紙一重で反転し合う、両者の世界像を差し出す。それは、世の「境界」であり「限界」であり「臨界」だ。明らかにならないものをそのまま明らかにしないまま描いて、見せ切る胆力とセンスが凄い。
明るい光の中、クリアではないものを描く
人間の心は単純ではない。そんなあたり前のことがきちんと描かれて、すがすがしい。セリフで説明しない。映像で描く。少年の暮らす団地は、ある角度から見ると、まるで異世界の建造物のように見える。
中学生の少年と、その周囲の人々の心の中で動く、名付け難いもの、クリアではないものを描きながら、映像は徹底的に透明度の高い明るさを保つ。常に光が溢れ、成長していく植物の若い緑色が際立つ。
冒頭から、ひらひらと舞い、次第に数を増やしていく蝶たちは、何なのか。劇中、何度も口ずさまれる歌は、何なのか。主人公の少年の最後の言葉は、どういう意味なのか。それらはみな観客の解釈に委ねられている。
あまりに秀逸な脱領域的&哲学的サスペンス
監督・脚本は大塚信一。独特のスタイルと世界観を感じる。主な舞台は28年前に猟奇殺人事件を起こした「少年A」が住むと噂される団地。その影と孤独に暮らす優しい管理人(尾関伸次)が接続され、物語は静かに反転する。シングルマザー家庭の長男(原田琥之佑)が受け取る“影響”は、社会が作り上げる罪のイメージを揺さぶり、観客に問いを返す。
団地や郊外の空間性を活かしたサスペンス演出は、音や気配も精密に設計され、日常に潜む禁忌を丁寧に掬い上げる。『フランケンシュタイン』を参照したという監督の言葉は納得。黒沢清も滲みつつ、サイコスリラーからベルイマン的対話劇へと拡張。定石を外す意志が素晴らしい。音楽は菊地成孔。























