億万長者の不都合な終末 (2024):映画短評
ライター2人の平均評価: 4
行き過ぎた資本主義への皮肉を込めたスペクタクル・パニック
家族を犠牲にしてキャリアを積み重ね、ライバルを蹴落として出世街道を邁進してきた女性実業家が、ようやく念願だったビリオネアの地位を手に入れた矢先、富裕層だけが感染する奇病が蔓延。世界は大混乱に陥ってしまう。昨今の「行き過ぎた資本主義」に対する痛烈な皮肉を込めたスペクタクル・パニック。資産を持つことが最大のリスクとなり、先進国からバタバタと社会が崩壊し、難民となったヨーロッパ人がアフリカを目指すという展開も相当に辛辣だ。ヒロインがなかなかの卑怯者で、そこが海外で不評だった理由のひとつだと思うが、しかし弱肉強食のビジネス界を勝ち上がった女性としては当然。それゆえラストの皮肉も大いに効いてくる。
シニカルな暴動としてのブラックコメディ
1%への富の集中が臨界点に達した世界で、ウルティア監督はゾンビ映画的な形式に乗せた風刺を、映画業界の内幕やセレブカルチャーの崩壊に接続する。“THE OLD WORLD”で輝いていた欲望は、プルートフォビアの波に呑まれて反転。ソロー『ウォールデン』の反物質主義がA・マッケイ的毒気と絡まり、『逆転のトライアングル』の先へと滑落する。
確かに資本主義は末期症状を呈している。だがそれに代わるモデルを我々は持っているのか。同監督の『プラットフォーム』1&2が示した循環の罠はここでも出口のない迷宮として立ち上がる。本作は人間社会がまだ“次の世界”を想像できていないという、最も不都合な真実を照らし出す。



















