聴く隣人のいるところ (2026):映画短評
全寮制の子どもたちに今の日本人が学ぶべきこと
全寮制の学校というと窮屈なイメージがあったが、この学校の人たちはみんなのびのびしているように見える。テレビもなければスマホもない。SNSやショート動画を見る時間もない。その分、在校生たちは自分の頭で考え、発信し、他人の言葉に耳を傾ける。学内のあらゆることを議論で決めるが、どんなときでも「聴く隣人」である彼らがとても眩しい。彼らが安心して議論できるのは、心理的安全性があるからだろう。翻って今の日本はどうだろうか? 議論するとき、相手を混ぜっ返したり、揚げ足を取ったり、虚勢を張ったり、嘘を突き通して勝ち誇っていないだろうか? 彼らが卒業した後、安心して議論できる国を大人は作らなければいけない。
この短評にはネタバレを含んでいます





















