ランド・オブ・バッド (2025):映画短評
ライター5人の平均評価: 3.2
現代的な戦場のヒューマンエラーがスリルをあおる
ドローン爆撃にフィジカルな戦闘が交錯する、現代的な戦争を俯瞰したアクション。これを緊張感とともに描いたことが魅力といえる。
戦地の状況を伝える小隊と、その要請に応じてドローンを送り込む基地の共闘ミッション。そこで重要になるのが“伝達”だが、ヒューマンエラーの発生により緊張感は高まる。テクノロジーが発展しても、使う人間に油断があるとミスが生じる。そんな局面を切り取っている点が興味深い。
これまで実験的な作品が多かったW・ユーバンク監督だが、持ち前のリアルな描写を生かしつつ正攻法のエンタテインメントを構築。戦場の緊迫と、基地内の弛緩という対比も効いている。
ラッセル・クロウの余裕の存在感はさすが
ラッセル・クロウとリアム・ヘムズワースという、世代の違うオーストラリア人俳優のダブル主演。戦争の最前線にいるヘムズワースが激しいアクションを見事にこなす一方、クロウは安全なアメリカの室内で椅子に座っているだけ。にもかかわらず彼の存在感はたっぷりで、観客の心をつかむと同時に映画が必要とする息抜きを提供。この余裕は大ベテラン、名俳優ならではのものだと、あらためて感心。戦闘シーンは緊張感があり、よく撮れているが、アレックス・ガーランド監督の超リアルな戦争映画が2本続いた後では特別なインパクトに欠ける。それでも、人の命を瞬時にして奪う戦争の無惨さ、無意味さを思い出させることには意義がある。
「人殺し」という戦争の野蛮な本質
人質救出のため東南アジアの孤島へ上陸した米軍特殊部隊デルタフォースの小隊。思いもよらぬ事態からチームは壊滅状態となり、遠く離れた米本土の基地にいるドローン操縦士が孤立した戦闘員を救おうとする。『ブラックホークダウン』の系譜に属するミリタリー・アクション。どんな状況下でも決して仲間を見捨てないという軍人同士の固い絆でドラマを引っ張りつつ、「人殺し」という戦争の野蛮な本質を焙り出していく。そのうえで、テクノロジーの進化によって戦争がゲーム感覚となってしまい、最前線を知らぬ兵士たちがそうした戦争の醜い本質を忘れてしまうことの危うさに警鐘を鳴らす。恐らく、そこが本作の核心であろう。
今どきの遠隔攻撃と、伝統的な戦場アクションの融合
現代の戦争におけるドローン攻撃は遠隔地でどうコントロールされているか。フィリピンの作戦に関わる仲間を、ラスベガスから無人機操作で後方支援という設定を、あくまで“仕事”として見せつつ、フィリピンの現地では、取り残された兵士の孤独で生々しいサバイバルという、過去の傑作戦争映画にならった緊迫&スリル満点で演出。この両者のバランス、および状況のコントラストが巧妙な一作。
最初は“仕事”と割り切っていた者たちが、真の正義感、使命感にめざめるプロセスは、想定どおりとはいえ胸を熱くさせる。「結局、人が人を殺す」という戦争の本質からも目を逸らさない。そんな作り手の信念が、演じるキャストにのりうつった感もアリ。
現地の兵士、遠隔地のオペレーター、それぞれのリアル
現在の戦闘現場のリアルを描く。実際に現地で行動する兵士たちと、彼らをモニターで見ながら、遠く離れた場所で無人戦闘機を操作するオペレーターたち。2つの場所の環境の違い、意識の違いが対比的に描かれる。現場の兵士が爆撃を依頼し、オペレーターが瞬時に操作しても、着弾までに20秒は必要で、そのわずか20秒の間に事態が変化してしまう。米海軍全面協力により描かれる、現場のさまざまな状況が生々しい。
遠くから兵士を援護するベテランのオペレーター役は、ラッセル・クロウ。ふてぶてしいのになぜかチャーミング、しかし上層部に逆らっても自分の信念を貫くオヤジという、得意の人物像を演じて魅力的。
























