ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。 (2026):映画短評
ライター4人の平均評価: 4.3
自分の“踊り”を模索する者たちの、愛しき共闘
地引雄一のノンフィクションを、よくぞ劇映画にまとめてくれた!原作の情熱や熱気が、友情や挫折とともに青春ドラマに昇華。田口トモロヲ監督作品では『アイデン&ティティ』に近い。
群像劇だが、各々が自分の“踊り”を踊っているからこそ育まれた共闘のドラマでもある。シーンとはこうして生まれるものであることを再認識。百人町にあった頃の新宿ロフトをはじめとするライブハウスの再現や、当時の生音源のそのままの使用も嬉しい。
いいものは売れる、でも売れるものがすべていいわけではない――アーティストはつねに、その狭間でもがいている。商況的な成功がゴールではない彼らの気概にグッとくる。
あの時代の「記憶」「記録」としての愛とリスペクト
70年代末〜80年代にかけ、たしかに日本のパンクロックは新たなムーヴメントを起こし始めていた。そんな瞬間を、当時の空気感を圧倒的なほどパーフェクトに再現し、実在のバンド、ミュージシャンへの愛とリスペクトを込めて描いているので、出てくる名前にときめく人には最高の贈り物となる力作。
パンクを主張しつつ、そう言ってる時点でパンクじゃないとか、日常は地味に積み重なってたりとか、そうしたニュアンスも妙味に。
一方で“記録”として優れるゆえ、監督・脚本・キャストが同メンバーで、題材も共通点が多い『アイデン&ティティ』と比べると、やや感情移入の扉が狭いと感じる。役に対するキャストの年齢もやや気になるところ。
背伸びの対象だった田口トモロヲを思い出させる
油断すると声の良い名バイプレイヤーという括りで見てしまいがちな田口トモロヲですが、自分の若いころを思い出すと映画にしても音楽にしても物凄く背伸びをした先にいた存在でした。今作はそんな”田口トモロヲが背伸びの対象”だったことを思い出させてくれる青春音楽映画。インディーズなんていう言葉もなかったころに独自の路線を走り抜けたロッカーの悲喜劇をテンション高めに一気に駆け抜け抜けるように描き出します。演者たちもいつもは見せないようなキレた演技を披露してくれています。仲野太賀や吉岡里帆なんて大河ドラマやってる時期にこんな顔を見せていいんでしょうか?それも含めて楽しい一本でした。
個人発信の時代に、自己表現の初心を問う
田口トモロヲ監督『アイデン&ティティ』チームと、それに多大な影響を受けた若葉竜也ら俳優陣という新旧世代の幸福な邂逅が美しい。1978年、ロンドンやNYのアンサーとして巻き起こった東京ロッカーズ。『24アワー・パーティ・ピープル』のトニー・ウィルソンに当たる地引雄一の視点から、リザード(紅蜥蜴)ならぬ“TOKAGEのモモ”中心の群像が描かれる。宮藤官九郎文脈なら『少年メリケンサック』の世界線だ。
特にミニコミ『ロッキン・ドール』を巡る祝祭感が熱い。岡崎京子『東京ガールズブラボー』の前史とも取れる。インディーズやDIYの原点にあった魂とは何か――。かつて若者だった大人たちが贈る王道の青春映画だ。
























