人はなぜラブレターを書くのか (2024):映画短評
ライター3人の平均評価: 4.3
ことさらに実話を強調せず、テーマに向かい美しく編まれた脚本
そのタイトルの答えを、これ見よがしでなく、優しく編み込んだ脚本に感心。説明的な会話を避け、ふと口にしてしまう言葉が紡がれることで、感動が染み渡ってくる。
タイトルの問いとは別に、なぜ人は生きるのか。そして人は自分が失われても何を残せるのか。そんなテーマが途中から静かに誠実に浮き出してきて、こちらの余韻も深い。それらテーマが、劇中に何度か出てくるトンネルの闇と、その奥の光に込められたあたりも、映画らしい。
物語の構成上、何度も時制が行き来するが、音楽も計算されているせいか、その移動がナチュラル。そして石井監督と細田佳央太の強い信頼の絆により、「思い出」はあまりに美しく映像に刻印されるのであった。
強固な作家的純度の高さに驚く
石井裕也は“純愛もの”という定番の枠を借りながら、自分の映画を真っ直ぐ貫いている。『町田くんの世界』の“天使”の系譜が細田佳央太に再び宿り、『ぼくたちの家族』で息子だった妻夫木聡が“頼りない父”を演じる時間の反転が胸に残る。24年を往復する手紙は未来へ灯りを手渡すための装置として機能し、石井の善性の希求が輪郭を増していく。
物語の語り部は、ナズナの娘(西川愛莉)だ。まさにサイクルが回るように、彼女の視点が世代をまたいで物語が連鎖する構造に新しい呼吸を与える。父に向けた「不器用な男が甘やかされる時代じゃないからね」という鋭い一言も印象的。全てが繋がり、誰の物語も終わらないまま次の物語が始まる。
語らないことで伝わるモノ
日ごろから中目黒から日比谷線に残ることが多い者としてはちょっと特別な気持ちになる一本でした。一昔前のことになってしまいましたが、実際にあったことなので、物語に力を与えています。強いて言えば過去のパートと(劇中の)現代のパートがもう少し有機的に繋がり結びつくように感じられればなお良かったかとも思います。ちょっと複数のエピソードが交わらず並走しているような感覚が残りました。ただ、各パートで主役を担う人たちが巧い人たちばかりなので、安心して見ていられました。過剰に言葉で表そうとしなかったのも好印象です。























