さよなら、僕の英雄 (2025):映画短評
ライター2人の平均評価: 3
残酷さ、優しさ、マッツの持ち味、バンド映画の楽しみの融合
イェンセン監督作は6回目(脚本作を入れれば、もっと!)だけあって、マッツ・ミケルセンの自由さを満喫できる意味でファン垂涎の一本。解離性同一性障害の難役に、適度なユーモアまでにじませて演じ切ったマッツが俳優としての力量を示す。ギターを「下手くそに弾く」など細部のテクも感心。
冒頭のアニメが示唆するように、バイオレントなシーンは強烈に演出。このあたり、監督&マッツの前作と同様だが、心の準備ができてない瞬間にハードな一撃をくらうのも事実。
ビートルズやABBAのネタとともに、バンドを組むエピソードが一服の清涼剤。喜怒哀楽、さまざまな感情が1本の中で押し寄せ、観る人それぞれ、作品の印象は異なるだろう。
兄弟愛の物語が、不意に深いところを突く
「人間はみな、それぞれ違う現実を生きている」。登場人物がこんな言葉をさらりと口にして、不意を突かれる。自分をジョン・レノンだと思い込んでいる兄と、彼に大金を埋めた場所を思い出して欲しい元銀行強盗の弟、その兄弟愛をコミカルに描きつつ、そんな深いところを突いてくる物語でもある。
マッツ・ミケルセンとアナス・トマス・イェンセン監督のコンビ作は、初期はウケる人が限られそうなブラックコメディが多かったが、近年は感動的な人間ドラマ成分が増量されて、今回は誰が見ても感動できる兄弟愛の物語。ストーリーにヒネリもある。それでいて、ユーモア感覚はしっかりブラック風味なところが、このコンビ作の定番通り。




















