クィア/QUEER (2024):映画短評
クィア/QUEER (2024)
ライター5人の平均評価: 3.8
オルタナティヴ&ポップな『ベニスに死す』
リネンスーツとパナマ帽に身を包んだD・クレイグが夜道で美青年を見かけた時、ニルヴァーナの“Come As You Are”が電撃的に流れる。かつてヴィスコンティが使ったマーラー第5番に相当する大ネタだが、シネイド・オコナーによる“All Apologies”カヴァーも含め、これはバロウズをめぐる「魂の共鳴」だ。C・ラヴ主演『バロウズの妻』への補助線も引きたくなる。
チネチッタに建設された人工空間としてのメキシコシティは全体に良い意味で清潔。『オルフェ』鑑賞場面は原作にもあるが、愛の神話と眩惑性をロマンティックに広げた。グァダニーノ監督率いる『チャレンジャーズ』からの続投チームらしい仕上がり。
それでも人は愛情と心のつながりを求めてしまう
‘50年代のメキシコシティ。金と暇を持て余したアメリカ人の中年クイア(同性愛者)が、たまたま見かけた元米海軍兵の美青年に入れあげていく。ウィリアム・S・バロウズの半自伝的な同名小説の映画化。自身の「好み」ではない女装や中高年のゲイを毛嫌いし、いい年をして夜な夜な繁華街へ繰り出しては若い男のケツを追い回し、辛い現実から逃れるため酒とドラッグに溺れ、口を開けば周囲や世間や自らを毒舌で嘲る。そんな自虐にまみれたナルシストの冷笑オジサンが、それでもなお愛情と心のつながりを求めてしまう哀しみ。こうなっちゃいけない中年ゲイのお手本みたいな主人公を演じるダニエル・クレイグの泥臭い芝居がまた生々しい。
人間の心が危うく、面倒臭く、切ない
ほぼ全編、ダニエル・クレイグの一人芝居。オルフェウスの神話を下敷きに、主人公が恋する相手に近づこうと、メキシコシティの繁華街の酒場から、南米の密林の奥へとさまよい込んでいく。だが、彼が本当に求めているのは何なのか。その彷徨が主人公の視点で描かれ、密林以降はいわゆるリアリズムから離れて、世界が変容していく。南の湿気と光と捉える撮影は『君の名前で僕を呼んで』以降のグァダニーノ監督作の常連、サヨムプー・ムックディプロームが手がける。
バロウズの原作を脚色した脚本は、監督と『チャレンジャーズ』で組んだジャスティン・クリツケス。本作でも人間心理の危うさ、面倒臭さ、切なさをたっぷり描き出す。
キュートなダニエル・クレイグ
ウィリアム・S・バロウズの自伝的小説をルカ・グァダニーノ監督が映画化するという、非常に好奇心を掻き立てられる一本。映画はもっと重量級にできたかもしれないところを想った以上にチャーミングで軽やかな映画に仕上げてきました。ルカ・グァダニーノ監督なんで『サスペリア』のような映画も覚悟していたのですが、いい意味で裏切られました。それもこれも何と言ってもダニエル・クレイグの好演によるところが大きいと言っていいでしょう。チャーミングでキュートな中年男性を演じてくれました。どうしても007のイメージが強いですがこういう役柄も上手ですね。
ダニエル・クレイグも骨抜きにする注目俳優の天然ピュアな瞬間
ダニエル・クレイグのゲイ役は、27年前、『愛の悪魔〜』で画家ベーコンを虜にした魔性が思い出されるが、今や彼が「惑わされる」側になり、時の流れに浸る。触れたくても触れられないもどかしさ。欲望の壁が決壊しての激しい肉体表現。そして年上としての諦念までを、クレイグが演技者のテク総動員で魅せる。相手役のドリュー・スターキーは、むしろ「何もしない」ことで翻弄する術を心得ているかのよう。
バロウズ原作なので当然、トランス状態での表現に期待が高まるが、そこはむしろ違和感が先行し、クローネンバーグの『裸のランチ』の蠱惑さが懐かしい。グァダニーノ監督、得意の恋愛パートは過去の繊細さは消え、まっすぐまとめた印象。