私たちの話し方 (2024):映画短評
ライター2人の平均評価: 5
デフの世界をより深く知るために
デフをテーマにした作品が増え、”知った気”になっていたところに、本作の登場で頭をガツンと殴られたような思い。口話と手話、ろう者と難聴者といった話し方や症状の違いによる見えない壁。差別や偏見、ろう教育の歴史など繊細な問題が絡むだけに、当事者ではない聴者が立ち入るには腰が引けてしまう部分があるのだが、それを真正面からテーマに据え、軽やかな青春群像劇にしたアダム・ウォン監督の手腕に脱帽。中でも人工内耳を装用しているソフィーが耳にしているであろう音を再現し、私たちが擬似体験できる演出が施されている。そう本作は、デフの世界を深く理解するために聴者こそ見るべき作品なのだ。
静寂を描きつつも、力強い「香港映画の新しい波」
『コーダ あいのうた』の成功以降、世界中で制作されている、ろう者のアイデンティティを描いた作品だが、決して「いい映画」では終わらないビターな味わいも魅力的。ろう学校で手話が禁止されていた現実や、補聴器や人工内耳に頼らない、ろう者がいることなど、冒頭から今まで知らなかった彼らの世界を目の当たりにするが、それを観客自身も体感できる緻密な音響設計がなされており、音の歪みや欠落、環境音の断続などを通して、登場人物の感情の揺れや孤独が伝わってくる。そして、観た後に心に強く刻まれるタイトルの意。静寂を描きつつも、力強い年間ベスト級の「香港映画の新しい波」といえる。





















