顔を捨てた男 (2023):映画短評
顔を捨てた男 (2023)
ライター7人の平均評価: 4.1
ルッキズムをめぐる完成度の高い寓話
『サブスタンス』と似た設定ではあるが、破綻を恐れず突き抜けたあちらに対して、こちらは破綻のない端正さが魅力。
顔を変えたら万事順調……とならないのがミソで、物語が進むほど、顔を変えない方がよかったのではと思えてくる妙。そればかりか、新たな劣等感をも植え付けられるのだから、皮肉な展開も極まれり。主人公の心にチクチクと針を刺すような、オズワルドの邪気のないセリフが旨い。
S・スタンの主演作としては『アプレンティス~』とほぼ同時期の作品だが、製作を兼任したのは脚本に惚れ込んだことの証明。脚本とともに監督を務め、寓話を美しく着地させたA・シンバーグ監督の名は絶対に覚えておくべきだ。
パーソナルなところから来たメッセージ性ある異色作
「サブスタンス」は女性監督の個人的な思いから生まれたものだが、やはり社会が持つルックスに対する差別を描く今作も、口唇口蓋裂を持って生まれたシンバーグ監督のパーソナルなところから来たもの。彼は、以前一緒に組んだピアソンのためにオズワルドの役を書いてもいる。オズワルドが生き生きした人物として描かれ、余計な説明や言い訳が一切ないところにも、明確なメッセージが。スタンはあの特殊メイクを施してニューヨークの街を歩き、役の気持ちに入っていったとのこと。オスカーにはほぼ同時期に北米公開された「アプレンティス」のほうで候補入りしたが、この2本を合わせていると、彼は本当に面白く、勇気ある役者だと再確認。
「サブスタンス」とは違う角度からルッキズムの呪いを斬る
病気のせいで顔面が極端に変形し、それゆえ自分に自信の持てない男エドワード。とある最先端医療を受けて理想の顔を手に入れた彼だが、しかし容れ物は変わっても中身は一緒。相変わらず後ろ向きな彼の前に現れた男性オズワルドは、かつての自分と同じような顔の持ち主だが、しかしその明るい性格と前向きな人間力で周囲を魅了し、女性たちからも愛されるリア充のモテ男だった。要するに、俺の人生が上手くいかないのは容姿のせいだと思い込んでいた男が、むしろその卑屈な性格にこそ問題があるという残酷な現実に直面するお話。もちろん、大きな要因はルッキズムの呪いにあると言えよう。思わずギクッとする非モテ男性も多いんじゃなかろうか。
A24印な『サブスタンス』の異母兄弟
ルッキズムをテーマにしていることからも、「人は見た目が9割」問題に鋭いメスを入れるブラックコメディ。『サブスタンス』の異母兄弟的な一本といえるが、こちらはA24 作品らしく、クライマックスに向けてサイコ・サスペンスへと突き進んでいくのが特徴的。そういう意味では、『エレファント・マン』も手掛けていたデヴィッド・リンチばりの不条理劇ともいえるのだが、N.Y.の街を徘徊するウディ・アレン脳も入った悩める主人公をドナルド・トランプに化けたばかりのセバスチャン・スタンが演じる面白さもアリ。レナーテ・レインスヴェ演じる劇作家のキャラも、いろんな意味でクセがあって良き!
主人公もまた固定概念に囚われている
極端に変形した顔を持つ主人公が、医学的治療によってハンサムな顔になるが、その顔は、彼がかつて「自分の外見のせいで手に入らない」と思い込んでいたものを、彼にもたらすわけではない。ルッキズムを風刺する物語だが、同時に、主人公が自分の容貌に固定観念を抱き、それに囚われているが、自分ではそれに気づかないという状況を描くブラック・コメディでもあり、その意味でも誰もが思い当たる節がある物語だろう。
アーロン・シンバーグ監督は、自身の両唇口蓋裂の矯正治療体験からこの物語の着想を得たとのこと。神経線維腫症の英国俳優アダム・ピアソンが、変貌前の主人公に似た顔を持つ人物を魅力的に演じる。
個的な闇の探究から普遍にタッチする傑作
ルッキズムを巡る同様の主題を装填しつつ、既存社会の在り方を攻撃していくパワータイプの『サブスタンス』に対し、こちらは真逆。個の複雑な内面を幾層にも掘っていく。しかも美醜やモテ/非モテの領域から、表現の問題に飛距離を伸ばす二段ロケット形式。“演技派”S・スタン扮する主人公を軸に“当事者”的なA・ピアソンをアルターエゴに置き、劇作家R・レインスヴェにはクリエイターの自意識を託した深掘り構造が見事だ。
競争や序列を余儀なくされる人間世界で、我々の自己肯定感や尊厳は如何に担保されるのか。原題は『エレファント・マン』への目配せだろうが、80年代NY陰画風の都市像も含めて『ジョーカー』にも通じている。
「美女と野獣」「サブスタンス」への、もうひとつの回答
「人は見かけで判断してはいけない」とは頭ではわかっている。しかし現実では、どうしたって外見で決めつけられることが多い。だから変化を望む…。このパターンは過去に数多くの作品で問われてきたが、本作のアプローチは独創的。
「顔に変形を持つ」主人公を特殊メイクで演じたS・スタンが、過激な治療後、素顔となる。さらに実際に治療前の状況と同じ俳優が登場。主人公に後悔の念を起こさせる流れは説得力満点でスリリングだ。かなりヒネった展開を繰り返した結果、最終的に「人の魅力は内面」と素直に納得させる荒技が成功。
この手の作品は何かと「屈辱や差別を受ける」描写が頻発するが、そこを最小限にした演出・脚本に好感が持てる。