オールド・オーク (2023):映画短評
ライター6人の平均評価: 4.5
世界に響け! 巨匠ケン・ローチ監督のお言葉
圧巻。常に下層から社会を見据え、彼らが味わっている理不尽を炙り出し、1本の作品として世に提言する。その力量。中でも、監督の真意を汲み取った盟友P・ラヴァティの脚本に唸る。今回のテーマは、今まさに世界中に蔓延している「分断」。舞台は英国人の聖域・パブ。そこに”よそ者”が侵入することへの苛立ち。対して女性たちは、美容室という社交場で絆を深める。細部に至るまで現地の気風・文化を映像に取り込み、これ以上にない臨場感の中で交わされる言葉だからこそ、セリフが息づく。「人は苦しい時に身代わりを探す。しかも上ではなく下を見て。自分より弱い連中のせいにする。弱者の顔を踏みつける方が楽だからな」。全地球人必見。
“分断”の現実、そして“連帯”への希望
難民・移民問題をとっかかりにして現代社会を見つめるローチ監督の切り口は今回も鋭い。
特筆すべきは主人公のパブ店主と彼を取り巻く人間ドラマのキメ細やかさ。庶民の横のつながりの一方で貧困を根底とした差別やヘイトがそこにあり、SNSによって加速する分断をも見据える。英国の田舎町を舞台にしつつも、自分のことのように思えるのはリアリティのあるつくりゆえだ。
ここ数作のローチ作品を観る度に、展開的に“こうはならないでくれ……”と不安になったりするが、ならないで欲しいことはやはり起こる。そんな社会のひずみを直視させつつも悲劇に終わらせず、“連帯”への希望を置いたつくりにグッときた。
分断と排斥の時代に、虐げられし民衆の連帯と団結を訴える
かつて英国のサッチャー政権は「自己責任」と「経済優先」を掲げて大勢の弱者を切り捨てたが、本作の舞台となる田舎町もその切り捨てられた側。炭鉱閉鎖で住民の多くが職を失って町を去り、残された人々は今なお過疎化と貧困に苦しむ。そこへシリア難民が次々と移住してきたことから軋轢が生じてしまうのだ。政治に見捨てられ疲弊した町の人々に、戦火を逃れた難民を温かく迎える心の余裕などないのは当然。本作ではどうすれば両者が歩み寄れるのかを模索し、虐げられた者同士が連帯することの必要性を訴える。いささか楽観主義的に感じられるラストには、希望ある未来を信じたいというケン・ローチ監督の想いが込められているのだろう。
それでも微かな光が差すことがある
今は寂れた英国北部の炭鉱町で暮らす、どこにでもいる中年男の毎日を描くが、その中に、今、世界中で起きている、ありとあらゆる問題が詰まっている。難民問題、人種差別、貧困、近所付き合い、かつて友人だった人々との複雑な関係、夫婦のすれ違い、親と子の距離。映画はそれらを、大小で測れるものではなく、すべて身近なものとして描く。それらが簡単に解決されることはないが、それでも状況に微かな光が差すことがあり、そういう瞬間が描かれて、胸を打つ。
シリアから逃げきた女性が、この町の教会の建物が古くからそこに建っていることを知り、その古びた壁に見入りながら語る、破壊と創造ついての言葉が胸に沁みる。
ローチのキャリアを定義するにふさわしい傑作
89歳のケン・ローチの(おそらく)最後の映画は、労働者目線で社会問題と人間愛を描いてきたキャリアを定義するにぴったり。希望を持って終わるのも、なおさらふさわしい。だが、そこまでには、悲しみ、怒り、やるせなさなど様々な感情が入り乱れる。
「イギリス北東部3部作」の最終章ながら、移民と地元住民の摩擦、不公平感は、日本を含む世界各国で起きていること。これまで以上にすべての人に見てもらいたい作品。過去作にも出た消防員、労働組合役員の経歴を持つデイヴ・ターナー、今作で映画デビューするエブラ・マリをはじめ、素人を(オーディションを経て)発掘し、自然さ、リアル感を出すのはさすが。
巨匠「最後」のメッセージは、信じがたいほど切実かつ優しく…
このところ日本でも物議の移民問題。ローチ監督らしいテーマだが、徹底して善悪を断じず、この先の希望を、あざとくなく、ささやかに作品に染み込ませ、そこに有無を言わさぬ感動がもたらされる。
地元民に愛されるパブ。しかし移民の受け入れで、これまでと同じようにその場を楽しめなくなったら、どうする? 物語において“悪者キャラ”になりそうな人物たちの心情や現実も丁寧に掬い取り、その怒りを理解させつつ、移民に寄り添おうとするパブの主人の心意気、さらに移民たちの祖国の状況もリアルに伝え、それらを美しい流れで語る高等テクニックが結実。観る人に何かを訴え、人生を変えるのが映画の役割なら、それを最上で果たす傑作かも。


























