炎上:映画短評
ライター3人の平均評価: 4.7
ボディブローのように効いてくる劇薬映画
吃音症を持つ主人公に、“完璧な美”として語られる場所をめぐる群像劇。コロナ禍に上演した演劇「(死なない)憂国」に続き、長久允監督が独自の解釈で、三島由紀夫作品「金閣寺」に挑んだ意欲作。これまでの長久作品同様、「生きる」というテーマは変わらないが、そこに至るまでの状況は『レクイエム・フォー・ドリーム』に匹敵するほどの地獄絵図。だからこそ、終盤に魅せる森七菜の表情は、「八百屋お七」や「吉原炎上」の遊女に重なるほどの美しい。直接的な描写を最小限に控えたぶん、鑑賞中の衝撃はあまり感じないが、後々ボディブローのように効いてくるため、取り扱い注意の劇薬映画といえる。
地獄から逃げ出した先はまた別の地獄だった
カルト宗教にハマった両親からの虐待に耐えかねて家出し、歌舞伎町へと辿り着いた少女。そこでは自分と同じように、居場所のない若者たちが肩を寄せ合いながら楽しく暮らしている…ように見えたのだが?ようやく地獄から逃げだしたと思ったら、そこはまた違う種類の地獄だったというお話。宗教二世やトー横キッズなどのタイムリーなテーマを取り上げつつ、そこにある問題に対して見て見ぬふりを決め込む、次世代を担う子供や若者たちに対して全く優しくない、そんな日本社会の有り様に大きな疑問を投げかける。まるで終わりのない悪夢のような、現実と非現実の狭間を行き来するヒロインの視点が、彼女の絶望と痛みを浮き彫りにして切ない。
最もヘヴィーな長久允の傑作
長久允の映画はいつも現実の裂け目から異界の風が吹き込む。『そうして私たちはプールに金魚を、』の痛み、『WE ARE LITTLE ZOMBIES』の虚無の祝祭。その延長線上に『炎上』は立ち、さらに深い闇へと踏み込む。森七菜扮するじゅじゅは、三島『金閣寺』(=市川崑『炎上』)の主人公が抱えた世界の美への憎悪と憧憬を現代の路上に引き寄せ、吃音の揺らぎを宿しながらトー横へ身を沈めていく。
この映画ではストリートのざわめきが血流になる。長久監督が一語一句に宿す物語作家の精度と、現場の生々しさが融合し、フィクションは新たな層を生む。じゅじゅの呼吸に同調した我々観る者の胸に、静かな火種を残していくのだ。
























